Posted on 03/04/2018 at 20:12, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『ベネディクトゥス』(イエス・キリストの生涯 その9)(2018.3.4)

 

さて月が満ちて、エリサベツは男の子を産んだ◆(…)すると、彼は書き板を持って来させて、「彼の名はヨハネ。」(「יוֹחָנָן שְׁמוֹ」)と書いたので、人々はみな驚いた◆すると、たちどころに、彼の口が開け、舌は解け、ものが言えるようになって神をほめたたえた◆(…)「ほめたたえよ。イスラエルの神である主を。主はその民を顧みて、贖いをなし、救いの角を、われらのために、しもべダビデの家に立てられた◆(…)さて、幼子は成長し、(…)荒野にいた。(ルカによる福音書1章57-80節)

  • はじめに…一昨日はきれいな満月でした。次の満月が来たら“過越の祭”です。そしてイースター(復活日)になります。今年のイースターは4月1日です。
  • 過越…イースターは、イエス様が十字架に掛かって死に、三日目によみがえったことを記念する日です。このイエス様の十字架の死の出来事の意味が、実は、「過越」の出来事のなかに隠されていた、そのようにクリスチャンは信じています。「過越」の出来事は出エジプト記12章に記されています。10の災いがエジプトの全地に及び、10件目の災いはすべての初子のいのちが断たれるというものでした。その災いは、エジプトから脱出しようとしているイスラエルの民にも降りかかるものでしたが、門柱とかもいに、ほふった羊の血を塗れば、その前を過ぎ越して滅びからは免れるというものでした。イスラエルの民の初子のいのちを、滅びの災いから免れさせた“あがないの小羊”の血が、実は私たち死ぬべき罪人を救うために、主イエス様ご自身が“あがないの小羊”として十字架に掛かり、血を流された出来事の型なのだ、そう信じているのです。
  • 荒野のヨハネ…そのことを、世界に告げ知らせるために、バプテスマのヨハネはこの世に生を受け、荒野で生活をし、その使命を全うしたのてす。ヨハネは自分に近づいて来るイエス様を見て叫びました。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1章29節)
  • ベネディクトゥス…そのヨハネが誕生したときに、その父ザカリヤは、香をたく奉仕以来9カ月、ものが言えなくなっていたその口が開け、舌が解け、最初に彼の口から出てきたことばは、主をほめたたえる賛歌だったのです。そのラテン語訳がベネディクトゥスで始まっているため“ベネディクトゥス”として今日、知られています。ヘブル語ではバルーク/エロハ/エロヒ/イスラーエル(…)
  • 結び…私たち一人ひとり、祭司ザカリヤにならい、朝、目覚めてから最初に、主をほめたたえることばを口にする者となりますように。

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