Posted on 01/14/2018 at 15:42, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『ヨハネの序文』(イエス・キリストの生涯 その2)(2018.1.15)

 

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。◆この方は、初めに神とともにおられた◆すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない◆この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった◆光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ福音書1章1-5節)

  • はじめに…ルカ福音書は3章でイエス様の系図(歴史)を人類の始祖アダムまで遡って記し、マタイ福音書は、信仰の祖アブラハムにまで遡り、マルコはイエス様の系図を省略し、バプテスマのヨハネの活動から記しています。それら共観福音書とは趣きを異にするようにヨハネ福音書は、天地創造以前にまで遡って記しています。「初めに、ことばがあった」(ヨハネ福音書1章1節)
  • 初めに…開口一番“初めに”(ベレシート=ヘブル語、アルケー=ギリシア語)との響きを聞いた者は、感電したような、雷に打たれたような衝撃を感じるのではないでしょうか? 特にこの福音書が書かれた当時のユダヤ人にとっては、なおさらのことだったでしょう。なぜならヨハネ福音書の冒頭が、創世記の冒頭を否応なしに意識せざるを得ないからです。「初めに、神が天と地を創造した」(創世記1章1節)
  • 天地開闢のストーリー…中国、日本、あるいはアイヌの天地開闢(てんちかいびゃく)を物語る神話では、初めにあるものは混沌(カオス)で、それが変化していく過程で神が生まれるという構成になっています。混沌が先で神が後です。しかし聖書の語る神は、混沌以前に存在し、天地を創造される神です。しかもヨハネ福音書は、“ことば”が天地創造以前の存在の根源だと語るのです。
  • ことば…“ことば”は、ギリシア語=ロゴス、ヘブル語=ダーバール、アラム語=メムラです。この“ことば”が人となったのがイエス・キリストです。
  • ともに…つまり、この“ことば”なるイエス・キリストが、天地創造の前から、神と“ともに”おられたと、ヨハネは証言するのです。それは単に神と並んで存在するということではなく、神に向かって神との不断の親密な愛の交わりにおいて共存しているということです。また、このことは“ことば”が、神の性質や活動の一部ではなく、別個の位格(ペルソナ)であることを示しています。すなわ無限の始めより神との間に愛の交わりにおいて存在されていたのです。
  • 結び…父なる神と天地創造の前から親密な愛の関係にあった、みことばなるイエス様が、永遠の愛の関係を私たちと築いて下さっていることを確信して日々歩める幸いを感謝します。

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