Posted on 06/03/2018 at 19:42, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『語り続ける主』(イエス・キリストの生涯 その21)(2018.6.3)

 

神の子イエス・キリストの福音のはじめ(マルコ1章1-6節)

  • はじめに…先週、友人から入院するという連絡がありました。4年前に癒された癌が再発したのか、はっきり分からないまま治療を始めるそうです。友人はとても落ち込んでいましたが、4年前、主が語って下さった言葉をお互いに確認しました。「あなたはまた泣くだろう。しかしサラが子供を与えられ喜んだように、あなたも喜ぶ者になりなさい。わたしはあなたの笑顔を喜ぶ。あなたの家族を祝福する」友人はこの主の言葉を支えに治療に臨もうとしています。
  • ヨハネ…マルコは「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」として書き始めています。そしてイエス様の公生涯の始まりは、バプテスマのヨハネの出現からだと証ししています(使徒1章22節参照)。ヨハネについては、旧約の預言者たちによって語られています。「主の道を用意し、主の道を整える者」(イザヤ40章3節、マラキ3章1節)。またヨハネの父ザカリヤも「主の御前に先立って、その道を整え…」(ルカ1章76節)と預言しました。このようにヨハネの出現は預言の成就であり、それはメシア・イエスの活動開始のファンファーレなのです。ヨハネ30歳の時でした。祭司の働きは30歳から始まります。ヨハネが現れ、活動を始めたことは、この習慣に従うこととして人々に受け入れやすいことでした。これは神の知恵・方法とも言えるでしょう。
  • ヨハネとエリヤ…ユダヤ人は、エリヤ(旧約の預言者)が再び現れ、救ってくれることを待ち望んでいました。荒野におり、らくだの毛で織った着物を着て、腰には皮の帯を締めているヨハネの姿は、まさにエリヤそのものでした(Ⅱ列王記1章8節)。人々は「待ち望んでいたエリヤの再来だ」という期待と喜びをもって、ヨハネの言葉に耳を傾けたことでしょう。また、ヨルダン川は、エリヤが活動した場所であり、ユダヤ人にとって聖なる場所です。ヨハネに対して人々の目も耳も、そして心も開かれるのに十分な条件がそろっていました(マルコ1章5節)。そのような人々にヨハネは、悔い改めと神の国、そして自分の後から来られるメシアについて語りました。ヨハネの風貌もまた、神の知恵であり方法です。
  • 結び…ヨハネは旧約最後の預言者です。彼についての預言はマラキ書(旧約聖書の最後の巻)からおよそ400年後に成就しました。今、主は、ご自身の知恵により様々な方法で、様々な人を通して私たち一人ひとりに語って下さっています。主はあきらめず、忍耐をもって語り続けておられます。私たちも目も耳も心も開かれ、主の言葉を待つことができますように。「主が語られたことは必ず実現すると信じ切った人は何と幸いでしょう」(ルカ1章45節)
Posted on 06/03/2018 at 19:40, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『語り続ける主』(イエス・キリストの生涯 その21)(2018.6.3)

 

神の子イエス・キリストの福音のはじめ(マルコ1章1-6節)

  • はじめに…先週、友人から入院するという連絡がありました。4年前に癒された癌が再発したのか、はっきり分からないまま治療を始めるそうです。友人はとても落ち込んでいましたが、4年前、主が語って下さった言葉をお互いに確認しました。「あなたはまた泣くだろう。しかしサラが子供を与えられ喜んだように、あなたも喜ぶ者になりなさい。わたしはあなたの笑顔を喜ぶ。あなたの家族を祝福する」友人はこの主の言葉を支えに治療に臨もうとしています。
  • ヨハネ…マルコは「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」として書き始めています。そしてイエス様の公生涯の始まりは、バプテスマのヨハネの出現からだと証ししています(使徒1章22節参照)。ヨハネについては、旧約の預言者たちによって語られています。「主の道を用意し、主の道を整える者」(イザヤ40章3節、マラキ3章1節)。またヨハネの父ザカリヤも「主の御前に先立って、その道を整え…」(ルカ1章76節)と預言しました。このようにヨハネの出現は預言の成就であり、それはメシア・イエスの活動開始のファンファーレなのです。ヨハネ30歳の時でした。祭司の働きは30歳から始まります。ヨハネが現れ、活動を始めたことは、この習慣に従うこととして人々に受け入れやすいことでした。これは神の知恵・方法とも言えるでしょう。
  • ヨハネとエリヤ…ユダヤ人は、エリヤ(旧約の預言者)が再び現れ、救ってくれることを待ち望んでいました。荒野におり、らくだの毛で織った着物を着て、腰には皮の帯を締めているヨハネの姿は、まさにエリヤそのものでした(Ⅱ列王記1章8節)。人々は「待ち望んでいたエリヤの再来だ」という期待と喜びをもって、ヨハネの言葉に耳を傾けたことでしょう。また、ヨルダン川は、エリヤが活動した場所であり、ユダヤ人にとって聖なる場所です。ヨハネに対して人々の目も耳も、そして心も開かれるのに十分な条件がそろっていました(マルコ1章5節)。そのような人々にヨハネは、悔い改めと神の国、そして自分の後から来られるメシアについて語りました。ヨハネの風貌もまた、神の知恵であり方法です。
  • 結び…ヨハネは旧約最後の預言者です。彼についての預言はマラキ書(旧約聖書の最後の巻)からおよそ400年後に成就しました。今、主は、ご自身の知恵により様々な方法で、様々な人を通して私たち一人ひとりに語って下さっています。主はあきらめず、忍耐をもって語り続けておられます。私たちも目も耳も心も開かれ、主の言葉を待つことができますように。「主が語られたことは必ず実現すると信じ切った人は何と幸いでしょう」(ルカ1章45節)
Posted on 05/27/2018 at 21:21, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『過越の祭と五旬節』(イエス・キリストの生涯 その20)(2018.5.27)

主日礼拝メッセージ要約『過越の祭と五旬節』(イエス・キリストの生涯 その20)(2018.5.27)

写真=麦穂と2つのパン

五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。(使徒の働き2章1節)

  • はじめに…先週は、五旬節の祭の時に起きた聖霊降臨を覚え、また二人の少年のバプテスマ式も行われ、感謝に溢れる礼拝でした。ところでイスラエル建国記念日(1948年5月14日)は、この五旬節の頃です。昨年12月6日にアメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、今年、イスラエル建国70周年となる建国記念日に合わせ、アメリカ大使館をエルサレムに移転しました。この動きに反対するパレスチナの人々に対して、イスラエル軍は攻撃をし、3千人超の負傷者と百人超の死者が出ています。両者の平和は何処に。武力は破壊を、愛の力は平和をつくります。五旬節の日、弟子たちは一つ所に集まって祈っていました。そのように私たちも平和という一つ所に集められることを願います。
  • 祭りの捧げもの…五旬節には、パン種を入れて焼いたパン2個を捧げるように定められています(レビ23章17節)。パン種は罪を表わします。パンを焼くために火の力を使います。パン種を入れて焼く、ということは、罪を完全に焼き尽くすということです。そして、その力は主の贖いの愛の力です。つまり十字架の力です。
  • 2個のパン…“2”という数字は、「あなたと私」「夫と妻」「親と子」というような愛の関係を表わします。ここでは罪を持っているユダヤ人と異邦人を表わしています。エレミヤは、神の背いた生き方をしているイスラエルの民に、バビロン捕囚を預言しました。それと同時に70年後には解放され、神が新しい契約を結ばれることも語りました。この契約は、イエス様の十字架の贖いの愛の力により、イスラエルの民だけでなく異邦人のものともなりました。その贖いの愛の力によりユダヤ人と異邦人の隔ての壁が壊されました(エペソ2章14-16節)
  • ひとつになって…隔ての壁を壊されたお互いは、聖霊によってひとつにされます。父なる神、御子イエス様、聖霊は、愛によってひとつであるように、私たちも愛によってひとつとされるのです。国、民族、人種等々の壁さえも壊され、共に生き、共に泣き、共に喜ぶ者へと、愛の力は変えてくれます。
  • 結び…過越の祭は、五旬節の祭で完了します。主の十字架の贖いの愛の力が、聖霊によって一人ひとりに満たされますように。そして平和という一つ所に集められますように。
Posted on 05/20/2018 at 21:54, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『聖霊降臨』(イエス・キリストの生涯 その19)(2018.5.20)

 

五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。(使徒の働き2章1-11節)

  • はじめに…今日は、天の父なる神が「もうひとりの助け主、聖霊を送る」と約束された聖霊の降臨を感謝し、記念する日(五旬節)です。イエス様の生涯において、父なる神の愛を注ぎ、歩みを導かれた聖霊が、この日、弟子たち一人ひとりに降られ、内住されました。それは、いにしえからの父なる神のご計画であり、愛でした。そして今も聖霊は、一人ひとりに内住して下さっています。
  • 五旬節…五旬節は、過越の祭の二日目の朝から数えて50日目に行う祭です。聖書では「収穫の祭」(出エジプト23章16節)、「七週の祭」(同34章22節、申命記16章10節)と呼ばれています。また50日目を意味するペンテコステ(ギリシヤ語)、五旬節、シャブオット(ヘブル語)と呼ばれています。この祭は、モーセが十戒を付与されたことを記念する日としても知られています。出エジプトしたイスラエルの民が紅海を渡って50日目に、シナイ山でモーセは神から十戒を与えられました(出エジプト19、20章参照)。石の板に主の指によって書かれた律法、これはイエス様が復活され50日後の聖霊降臨の予表です。
  • 約束の時…イエス様は、弟子たちと過越の祭の食事をしている時、「もうひとりの助け主を送る」、また復活後、昇天される時に「都にとどまって父の約束を待ちなさい」と言われました。「五旬節の日になって…」の“なって”は「時が満ちて」という意味です。イエス様が復活されて50日目、時が満ち、助け主なる聖霊が降臨されました。モーセが律法を付与されて1500年後の出来事であり、父なる神の愛の計画が成されました。
  • 私たちの内に住まわれる…父なる神は、いつも私たちの中にいることを願っておられます(出エジプト25章8節)。人となって来られたイエス様は、いつも私たちの間に住まわれました(ヨハネ1章14節)。聖霊は私たちの内に住まわれる(同14章17節)ために降臨されました。「あなたの中に住まう」「あなたと共にいる」という父なる神の愛は、イエス様の降誕、聖霊の降臨によって確かなものとされました。
  • 結び…今日の記念すべき日に、バプテスマを受けるJ君、K君の内に聖霊が住まわれ、父なる神、イエス様の愛が満ちますよう祈ります。
Posted on 05/20/2018 at 00:07, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『少年イエス様の成長』(イエス・キリストの生涯 その18)(2018.5.13)

 

 幼子は成長し、強くなり、知恵に満ちて行った。神の恵みがその上にあった。(…)イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人とに愛された。(ルカによる福音書2章40、52節)

 

  • はじめに…今日は、お母さんに対して感謝の心を表わす“母の日”です。親はわが子をいつくしみ、その成長を見守ります。自分よりもまず子どものことを優先し、日々の営みに心を砕きます。イエス様の成長を見守るマリヤの思いは、母という役割を持っておられる方には想像できるのではないでしょうか。何より、独り子イエス様を地上に送られた父なる神の思い、また愛は、どれほどであったことでしょう。父なる神は独り子イエス様の成長を見守られたように、私たち一人ひとりを見守っておられます。
  • 神の恵みがその上にあった(2章40節)…イエス様は、成長し、霊は強くなり、知恵が満ちてきました(ルカ1章80節)。バランスの良い成長ぶりが分かります。「知恵が満ちて行った」という言葉は、継続を表わす言葉が使われています。つまり身体の成長に比例して霊も知恵も増して行ったということです。宮で質問に答えるイエス様の知恵に周囲の人々が驚くという場面があります(ルカ2章47節)。父なる神の恵み、それは独り子イエス様への寵愛です。片時も視線をそらさず、聖霊に思いを託し、見守っておられる姿を知ることができます。寵愛が強ければ強いほど、霊も強くなって行ったのです。そのような愛を体験したからこそイエス様も人を愛して下さるのです。
  • 置かれた場所で(ルカ2章51、52節)…12歳になったイエス様は、ユダヤ人の慣習にならい、父ヨセフの仕事(そして天の父なる神の仕事も)を学び始めらました。過越の祭の後、ナザレに帰ったイエス様は、両親に仕えます。30歳で公生涯に入られるまでのおよそ18年間、そこで暮らしました。イエス様は神と人とに愛された、とルカは証ししています。イエス様は聖霊に助けられ(導かれ)ながら、家の仕事をし、また家族を大切にしていたことでしょう。父なる神を意識し、聖霊に導かれながら自分の置かれた場所で、自分にできることをする、それがイエス様の歩みです。
  • 結び…原罪を持たない人として誕生されたイエス様。その成長のあり方は、天の父なる神の御心です。
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