Posted on 02/02/2020 at 18:37, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『エペソの聖霊降臨』(イエス・キリストの生涯 その94)(2020.2.2)

パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。(使徒の働き19章6節)

  • はじめに…「Where are you? あなたはどこにいるのか」(創世記3章9節)と関係が切れた人間を見捨てず、見放さないで探し求め、「わたしがあなたとともにいる」(1コリント18章9節)と語られる主に励まされて、パウロはコリントでの宣教をほぼ2年にわたって続けました。それからエーゲ海を渡ってエペソへ。そしてさらに地中海を渡り一路エルサレムへと戻りました。そして再びエペソへ。その道程で先に福音の種を蒔いた地方を歴訪して水を注ぐようにして信徒たちの信仰の成長を助けました。
  • エペソの弟子たち…エペソでパウロは幾人かの弟子たちに出会いましたが、やはり信仰の核心部分に信仰が根付いていない状態でした。韓国の牧師が「頭から心臓までの距離は約30センチ。福音を頭で理解することから心で理解するまでに30年かかりました」と証しするのを韓国滞在中に何度か聞いたことがあります。エペソの弟子たちの姿もパウロのうろこの落ちた目には、きっと「ああ、福音がまだ、眉毛の辺り…」のように見えたことでしょう。バプテスト派の教会では体全体を水に沈めるバプテスマ式を行います。肉の世から完全に離れ、霊の世界に“引っ越し”する(肉に死んで霊に復活する)イメージです。(その式で体の一部分が水に浸っていなかったのでは…。心当たりのある方、心配は無用です。たとえそうだったとしてもバプテスマは有効です。)
  • 聖霊を受ける…「聖霊を受けましたか」(使徒19章2節)とパウロは問いかけています。きっと彼らには律法主義的な雰囲気があって、御霊の実(愛・悦び・平安等)の実りが見えなかったのでしょう。そして弟子たちは「聖霊の与えられることは、聞きもしなかった」と答えました。イエス様は最後の晩さんの席で十二弟子に「父はもうひとりの助け主(パラクレートス)をあなたがたに与える」「あなたがたを捨てて孤児にはしない」(ヨハネ14章16、18節)と語られました。パウロが彼らに按手すると聖霊が臨みました。以前、パウロはアナニヤから按手を受け、目が開かれる体験をしています(使徒9章17,18節)。エペソの信徒たちは口が開かれ、聖霊の働きによって、異言と預言を語るようになったのです。ここエペソにおいてパウロは約3年間、福音を語り続けました。語るだけではなく、具体的な霊的、経済的戦いに発展していきました。
  • 結び…それは神の国とこの世との闘いであり、霊的祝福(エペソ1章3節)の始まりでした。エペソの信徒同様、皆さん一人ひとり、御国を受け継ぐ者として約束の聖霊の証印を押されていることを信じ、主に感謝します。

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