Posted on 06/13/2026 at 05:58, by matsumoto
《聖書箇所》民数記4:21-7:89/士師記13:2-25/ヨハネ7:53-8:11,使徒21:17-32
《ギホンの泉》~分かち合いの呼び水~
恵みの座
乾いた荒野のただ中で 私たちはそれぞれの荷を背負う
目立たぬ柱を、地味な幕を 主の幕屋のために運ぶ日々
一見、小さく思える務めも すべてはあなたの臨在を取り囲むもの
私たちが捧げる貧しい祈りは
「恵みの座」の奥深く、主の声へと繋がっている
けれど、私たちの手はあまりに弱く 満たされぬ不毛の荒野をさまよう
自分の力で行き詰まるとき あなたは「不思議」という名で現れ
私たちの不可能性のただ中に 聖なる新しい命を宿される
聖なる光が、暗闇を照らすとき
私たちは律法の石を手に握りしめ
他者の罪を、自分の正しさで裁こうとする
「罪のない者が、まず石を投げよ」
主の静かな一言に、石は手からこぼれ落ち
誰もいなくなった静寂の中で ただ一人、真に聖なる方が立っておられる
「わたしもあなたを罪に定めない」
その声は、断罪の石を砕き
真紅の十字架となって、私たちの罪を覆う
そこが、真の「贖いの座」 そこが、私たちの命が生まれ変わる場所
赦された者は、もう恐れない
誤解の嵐が吹き荒れようとも
パウロのように、すべての人の友となり
与えられた道を、ただ主のために駆けてゆく
私たちはあなたに選ばれ、取り分けられた者
完璧だからではなく、ただ愛されたから
さあ、キリストの「恵みの座」へ進み出よう
この弱さのままで、赦しの歌を響かせながら
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