Posted on 05/16/2026 at 07:09, by matsumoto

ユダヤ人キリスト者と共に エモール(話す)(2026.5.17)

《聖書箇所》レビ記21:1-24:23/エゼキエル書44:15-31/マタイ5:38-42/

ガラテヤ書3:26-29

《ギホンの泉》~分かち合いの呼び水~

聖なる衣を、愛で織りなす

かつて 聖さは峻烈な「境界」であった

神の前に立つ者は 欠けのない身を差し出し

俗なるものを振り払い 汚れを忌み嫌う

エゼキエルの幻に見る サドクの末裔のように

私たちは ただ畏れをもって隔てられていた

しかし 朝日はその境界線を越えて昇る

「目には目を」の報復の連鎖を 主の声が静める

右手の甲で打たれた 屈辱の右の頬

支配と侮蔑の暴力に ひざまずくことはしない

逃げもせず 殴り返しもせず

ただ静かに 左の頬を差し出す勇気

「私を打つなら、対等な人間として打ち直せ」

それは弱さではなく 尊厳をかけた第三の道

剥き出しの悪の前に立ち その暴力を無力化する

己を捨てる祭司の覚悟

汚れを避けるために 愛を忘れるのではなく

不条理の渦中に立ち 赦しによって世界をきよめる

もはや 階級も 性別も 身分も魂を縛る鎖とはならない

私たちは皆 ひとつのバプテスマによって

「キリスト」という名の 最も潔い衣を纏う

主よ 私をあなたの生きた祭壇となし

律法の文字を超えて 能動的な愛の命を吹き込んでください

十字架が示した 罪の連鎖を断ち切る圧倒的な勝利

私が受ける不条理が あなたの恵みを映す鏡となり

私の差し出す理不尽な愛が

この渇いた地を あなたの聖所へと変えてゆくように

今 キリストを着て 誇り高く一歩を踏み出す

聖なる愛こそが 私の新しい名である

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