Posted on 01/25/2026 at 20:26, by matsumoto
(…)恐れるな(…)わたしがあなたとともにいる(エレミヤ書46章28節)《関連聖句》出エジプト記 10:1-13:16/エレミヤ書 46:13-28/ルカによる福音書 2:22-24
◆はじめに…本主日の聖書箇所は、時代も文脈も大きく異なりますが、一本の太い線が通っています。それは、「神は初子を守り、贖い、ついにはご自身の初子を与える」という救いの物語です。出エジプトの夜から、バビロンの嵐を越え、エルサレム神殿に至るまで、神は一貫して「贖いの神」として働き続けます。
◆贖いの起源(出エジプト記)…出エジプト記10〜13章は、イスラエルの歴史の中でも最も劇的な場面です。エジプトの初子が打たれ、イスラエルの初子が守られた夜。この夜、神はイスラエルに語ります。「初めに生まれるものはすべて、主に属する。」なぜか。それは、イスラエルの初子が「子羊の血によって贖われた」からです。ここで神は、「贖いとは、神が命を買い戻すこと」という真理を歴史の中に刻みつけます。イスラエルは、贖いの記憶の上に立つ民となりました。
◆裁きのただ中でも響く「恐れるな」(エレミヤ書)…エレミヤ46章は、エジプトへの裁きの預言です。かつてイスラエルを苦しめた強国エジプトが、今度はバビロンによって打たれます。しかし、この裁きの言葉のただ中で、神はイスラエルに向かってこう語ります。「恐れるな、わがしもべヤコブよ。わたしはあなたと共にいる。」出エジプトの夜、神はイスラエルの家を「過ぎ越し」ました。エレミヤの時代、神はバビロンの嵐の中でも「滅ぼし尽くすことはしない」と語ります。初子を守った神は、歴史の嵐の中でも民を守り続ける神です。贖いは一度きりの出来事ではなく、神が歴史を通して民を支え続ける力なのです。
◆神の初子が神に献げられる日(ルカ福音書)…ルカ2章で、マリアとヨセフは幼子イエスを神殿に連れて行きます。出エジプト記13章の実践です。しかし、単なる律法遵守ではありません。イスラエルの初子は、過越しの夜に「贖われた」。しかしイエスは、贖われる側ではなく、世界を贖うために与えられた神の初子です。出エジプトでは、子羊の血がイスラエルを救った。ルカでは、神の子羊が世界を救うために現れます。ここに、贖いの物語のクライマックスが始まります。
◆結び…出エジプト記は贖いの起源、エレミヤ書は贖いの継続、そしてルカ福音書は贖いの完成です。神は初子を守り、初子を贖い、ついにはご自身の初子を与えられました。この神の愛の流れは、私たちの人生にも同じように流れています。私たちがどんな暗闇にあっても、どんな歴史の嵐の中にあっても、神はこう語ります。「恐れるな、わがしもべよ。わたしはあなたと共にいる。」そして、その約束の確かさは、神の初子イエス・キリストによって永遠に保証されています。
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