Posted on 06/17/2018 at 13:48, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『主イエス様のバプテスマ』(イエス・キリストの生涯 その23)(2018.6.17)

 

こうして、イエスはバプテスマ(ターバル=ヘブル語)を受けて、すぐに水から上がられた。すると、天が開け、神の御霊が鳩のように下って、自分の上に来られるのをご覧になった。また、天からこう告げる声が聞こえた。「これは、わたしの愛する子、わたしは、これを喜ぶ。」                  (マタイ3章16-17節)

  • はじめに…わたしがバプテスマ(浸礼)を受けたのは1990年5月6日で当時26歳でした。その後1995年1月17日に阪神淡路大震災に遭い献身の思いに導かれたのが30歳のときでした。
  • 素朴な疑問…バプテスマのヨハネが“悔い改めのバプテスマ”を荒野で宣教していた訳ですが、そもそも罪がなく、悔い改めの必要のないイエス様が、【疑問①】なぜバプテスマを受けられたのでしょうか? 【疑問②】また、イエス様がバプテスマを受けられたことが、私たちとどんな関係があるのでしょうか?
  • ヨハネの躊躇…当然、バプテスマのヨハネは、イエス様にバプテスマを授けることに対して躊躇しました。「私こそ、あなたからバプテスマを受けるはずですのに…」(マタイ3章14節)。そのヨハネに対してイエス様は「すべての正しいことを実行するのは、わたしたちにふさわしいのです」(同15節)と語られました。
  • みこころを行う…「すべての正しいこと」とは、「律法を守り行う」「みこころを行う」ことと言うことができます。ですからイエス様はバプテスマをヨルダン川でヨハネから受けるで、みこころを従順に行ったのです。つまり【疑問①】の答えになります。そのみこころの真意(奥義)は、ヨシュアがヨルダン渡河を通してモーセの権威を完全に引き継いだように、イエス様がヨルダン川でバプテスマを受けることで、福音宣教の主役がヨハネからイエス様に引き継がれることになったのです(ヨシュア記3章参照)。さらに引き継ぐことは、一体となると言うことができます。つまりイエス様は、罪なき方が罪人の私たちと一体になられ、罪を贖い、神の義として下さる出来事の源となられ、私たちとの関係を持っておられるのです(Ⅱコリント5章21節)。【疑問②】の答えです。
  • 結び…天の父なる神のみこころ、すなわち神の愛を百パーセント成就し、今も私たちの内に臨在し、霊・魂・身体を完全に守って下さる主イエス様に感謝します。

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