Posted on 05/08/2022 at 19:01, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『主の手にある粘土』(イエス・キリストの生涯 その211) (2022.5.8)

神を待ち望む者のために、このようにして下さる神は、あなた以外にとこしえから聞いたこともなく、耳にしたこともなく、目で見たこともありません(イザヤ書64章4節) 目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである(①コリント2章9節)

  • はじめに…ロシアのウクライナ侵略が始まって後、かのロシア人である文豪トルストイの書いた小説「戦争と平和」が売れていて、注文がほぼ二倍とのこと。小説には戦争の愚かさと平和の尊さが描かれています。今回の戦争を仕掛けたプーチン大統領自身、最も影響を受けた作品の一つに、この「戦争と平和」を挙げているとか…。どのように読んだら、ウクライナ侵略を“正義”とか“解放”と見なせるのか。一昨日の中日新聞の社説ではプーチン大統領は「戦争と平和」を“誤読”している、「プーチン大統領よ、今すぐ読み直せ」と書いています。
  • 人の義(の衣)を着替える…人の義、私たちの義は“不潔な着物のよう”(イザヤ64章6節)だとイザヤは言います。それらは新しい衣服に着替え、清潔を保つ必要があります。端的に言えば“キリストを着る”ということです。それにはまず、自らが身にまとっているものが汚れているという自覚、つまり自分の義は、神の義の前には罪でしかない、正義を行なっているかのようでも、罪つくりな行いでしかないという意識が必要です。その自覚があって、新しい衣服に着替えるという動機が内側から生まれてきます。
  • 敗北宣言…福音書に「長血をわずらった女」の記事があります(ルカ福音書8章43-48節他)。ルカは「だれにも直してもらえなかった」と、この長血という病が不治の病だとしるしています。医者だったルカにとっては自ら敗北宣言をしているようなものです。私にはできる、私がやったと勝利宣言することはカッコイイことですが、カッコよさよりも、主の前での誠実さ、謙虚さが大切だと、ルカは告げているのでしょう。それが“福音”だと。罪人でしかない、あるいは土の器でしかないことを率直に認める。そしてそのままの姿でイエス様に救いを求めて近づいていく。私たちが宣言するのは私たち自身の勝利宣言ではなく「主は勝利者なり」と、主の勝利宣言です。
  • 結び…創造の主は、神を待ち望む者、神を愛する者を、主の目に最も尊い器として造り直してくださるお方です。なぜなら、私たち自身も知らない私たちの本質をご存じで、愛してくださり、輝かそうとしておられるからです。

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