Posted on 07/08/2018 at 20:30, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『わたしについて来なさい』(イエス・キリストの生涯 その26)(2018.7.8)

 

イエスが歩いて行かれるのを見て、「見よ、神の小羊。」と言った。ふたりの弟子は、彼がそう言うのを聞いて、イエスについて行った。(ヨハネ1章35-51節)

  • はじめに…ヨハネはイエス様を見て「世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1章29節)、「神の小羊」(同35節)。彼が指し示すメシアとは過越のいけにえの小羊(出エジプト12章)、受難のしもべ(イザヤ53章7節)であるにも関わらず「この方こそ神の子」と言います。それはユダヤの人々が待ち望むメシア(王)の姿とはあまりにもかけ離れていました。この一週間後、イエス様はカナの婚礼において大いなる事をされ、人々にメシアであることを示されました。
  • あなたがたは何を求めているのか…ラビ(師)であるバプテスマのヨハネに促されて、弟子のアンデレとヨハネはイエス様について行きます。“弟子になりたい”と思う人は、自分が選んだラビについて行きます。そこでラビが「あなたは何を求めているのか」と言うと「どこにお泊りですか」と尋ねます。「来なさい」と言われたら師弟関係の成立です。「あなたと何の関係がありますか」と言われたら不成立です。これはユダヤ教の習慣です。イエス様は「来なさい」と言われました(同38-39節)。この後、バプテスマのヨハネは、ヘロデ・アンティパスに捕えられます。そこでイエス様はアンデレたちが生活をしていた所へ行き「私について来なさい」と声をかけられました(マタイ4章12-22節)。これはユダヤ教の習慣から逸脱した行為ですが、歩み寄って下さる神の方法(愛)です「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです(…)」(ヨハネ15章16節)
  • 心を探り知って下さる主…アンデレたちはイエス様の本質(神の小羊)を見抜くことなく従いました。しかしイエス様は弟子たちを見抜かれます(ヨハネ1章41-51節)。ユダヤ人なら必ず神の国に入れる、そこで高い地位につくために律法を守る。これが当時の人々の、そして弟子たちの考えでした。「この中で誰が(天国で)一番偉いか」(ルカ22章24節、マタイ18章1節)。そのような弟子たちの心を知りながらも歩み寄り、裁くことなく憐れまれました。そして豊かな実を結ぶ者として任命されました。エルサレム議会から厳しい視線を浴びつつも、心を探り、知って下さるイエス様の大きな愛に励まされ、歩んだ弟子たちです(詩篇139篇1-4、23、24節)
  • 結び…「わたしについて来なさい」とイエス様は声をかけて下さいます。一人ひとりの心の傷や痛みを知って下さるイエス様と共に安心して歩む一週間となりますように。

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