Posted on 10/28/2018 at 19:09, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『マタイの召命』(イエス・キリストの生涯 その41)(2018.10.28)

 

この後、イエスは出て行き、収税所にすわっているレビという取税人に目を留めて、「わたしについて来なさい。」と言われた。するとレビは、何もかも捨て、立ち上がってイエスに従った。(ルカによる福音書5章27-28節)

  • はじめに…先々週の土曜日の夜、「ホンダ」と名乗る女性から電話があり、家内が対応しました。青森出身で、内縁の夫とのもめごとで名古屋に来ていて、そこで置き引きに遭い、携帯も先、解約したところ。メッセージの準備で忙しいと思うけれど話を聞いてほしい…、そんな趣旨の内容だったので、教会へ来てもらい、話を聞き、軽飲食を出し、お風呂に入ってもらい、上着とズボンを貸し、一晩、礼拝堂に泊ってもらうことに。翌朝、朝食の準備をして、声を掛けにいくと、姿はありませんでした。きっと本当の目的は、同情心を得て、青森までの旅費(2~3万円)程度のお金目当てだったのでしょう。
  • 取税人レビ…今日のテキストは取税人レビ(=マタイ福音書の著者マタイ)の召命の記事です。取税人は、同胞であるユダヤ人から憎まれ、疎まれていました。なぜなら当時、ユダヤを支配していたローマ帝国に収める税金(所得税・通行税等)をローマ帝国の下請けとして同胞から徴収し、尚かつ相当な額を上乗せして手数料として自らの懐に入れ、だまし取っていた訳です。
  • わたしについて来なさい…その取税人マタイに目を留め、「わたしについて来なさい」(ルカ5章27節)と、イエス様の方から声を掛けられたのです。マタイは、すでにイエス様の教えや癒しについてのうわさを、あらゆる人の口から耳にしていたことでしょう。そして、イエス様に従う心は準備されていたのでしょう。そこにイエス様の方から近づいて来られ、目を留められ、声を掛けられたのです。イエス様は外見や、人の評価で判断されません。私たちの内側を観られ、全人格的な交わりを求められます。人々からは罪人扱いされていた(そして自分自身もそれで納得していた)ところに、まったく別の視点、まなざしで見つめられ、近づき、声を掛けられたイエス様に従う決心をしたのです。その決意表明として“大ぶるまい”(=大宴会。原意は“受け入れる”)をしたのです(ルカ16章9節参照)。搾取する(奪う)者から奉仕する(与える)者へと生まれ変わったのです。
  • 結び…イエス様は、人間の欲望によって歪んだ社会構造や生活環境のただ中に分け入って来られ、私たちの内側のもっとも深いところに新しいいのちの種を植えられる方です。

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