Posted on 11/18/2018 at 20:49, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『解放と喜びの日』(イエス・キリストの生涯 その44)(2018.11.18)

 

そのころ、イエスは、安息日に麦畑を通られた。弟子たちはひもじくなったので、穂を摘んで食べ始めた。すると、パリサイ人たちがそれを見つけて、イエスに言った。「ご覧なさい。あなたの弟子たちが、安息日にしてはならないことをしています。」(…)しかし、イエスは言われた。「人の子は安息日の主です。」(マタイによる福音書12章1-8節)

  • はじめに…弟子たちが麦の穂を摘んで食べているところを目撃したパリサイ人たちは、イエス様に抗議します。「隣人の畑のぶどうや麦の穂は、思う存分食べて良い」(申命記23章24-25節)という規定あります。しかし問題は、“安息日にしてはならないことをした”ということです。空腹を満たす、それはいのちに関わることです。いのちよりも安息日の規定を守ろうとしたパリサイ人たち。彼らにとって安息日とは、どういうものなのでしょうか。
  • 2つの安息日…創世記2章1-3節、主は創造の業を終えられ、休息されました。七日目、この日は主の安息です。出エジプト記16章30節、主はイスラエルの民をエジプトから救い出し解放して下さいました。これにより民は休息を得ました。民の安息です。出エジプト記20章8-11節、主は安息日を祝福され、聖なるものと宣言されました。出エジプト以降、イスラエルの民にとって安息日とはエジプトからの解放を覚え(記念し)、主に向かう大切な日となりました。縛りからの解放を覚える日、民はいつしか人々を縛るようになっていました。イエス様は「まず神の国とその義とを求めなさい」(マタイ6章33節参照)と言われます。
  • 永遠の安息の約束…出エジプト記31章16節「代々にわたり、この安息を守らなければならない」、またレビ記3章17節「代々守るべき永遠のおきてであると主は人々に語られました。果たして人間に守ることができるでしょうか? これはイエス様の十字架の影として語られたものです。ヘブル9章8-12節、イエス・キリストがただ一度ご自分をささげ(いけにえとしての十字架)られ、永遠の贖いをされました。そしてやがて来る千年王国で永遠の安息が成し遂げられると聖書は語っています。
  • 結び…解放(自由)と喜びと休息の一週間となりますように。

 

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