Posted on 01/08/2019 at 19:31, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『イエス様に包まれて生きる』(2019.1.6)

聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証であられます。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです(エペソ人への手紙1章14節)

  • はじめに…主の年2019年の最初の礼拝です。平穏に年が暮れて行ったと思いきや、激動を予感させられる幕開けとなりました。しっかりと腰を据えて掛からなければ、荒波に呑み込まれてしまいそうな、そんな状況が世界を見渡しても、また身近な生活環境にもあります。しかし、やみくもに悲観したり不安に思う必要はありません。私たちには決して揺らぐことのない主イエス様がおられます。
  • 多様性へのまなざし…エペソ人への手紙は、パウロがローマの獄中に捕えられているときに、エペソを含む小アジアの奥地に点在する教会、それはユダヤ人よりむしろ異邦人の構成員が多かった教会に対する回覧的な手紙としてパウロが書いたものであると考えられています。種々雑多、毛色の違う人々がともに一つの集まりを営むゆえに、色々な問題もあったようです。そのなかで「教会とは何か」「御国とは何か」ということをつまびらかに著したのが、この「エペソ人への手紙」ということができます。特徴的なことは、その出発点が“神の計画”というところから始まっていることです。それから信徒ひとりひとりの信仰の歩み、交わり、生活の仕方の勧めへと展開しています。神の計画→教会→信仰者の生活という構造になっています。
  • 恵みと平安…「私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように」(エペソ1章2節)と手紙のあいさつ文が、認(したた)められています。普通のギリシヤ式の書き出しは「恵み」(カリス=喜び)という言葉で始まります。そこにパウロは「平安」を加えているのです。これはユダヤ人たちがお互いにあいさつを交わす際の「シャローム」をギリシヤ語に訳したものです。つまりパウロは「恵みと平安」という、ふたつの違った文化的背景を含むことばを並べることで、ユダヤ人と異邦人という隔ての壁を乗り越えているのです。そしてパウロは、父なる神が、異質な者同士をイエス様の内に包み込み、祝福してくださっていることを讃えているのです。この奥義を啓示するのが贖いの聖霊の働きです。
  • 結び…主の年2019年、混沌とした世界のなかで、イエス様に包まれている確信をもって生き、恵みと平安を感謝するお互いであるよう、お祈りします。

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