Posted on 03/31/2019 at 08:50, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『傷の深さは愛の深さ』(イエス・キリストの生涯 その59)(2019.3.31)

しかし、わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。 (ルカ福音書22章32節)


  • はじめに…ゲツセマネの園で祈られたイエス様のもとへ、イスカリオテのユダや祭司、パリサイ人たち、そしてローマ兵が押しかけて来ました。そしてイエス様を捕え、大祭司カヤパの宮廷へ連行したのです。弟子たちは逃げ去り、ペテロは密かに後を追って行き、宮廷の中庭に入りこみました。そこでペテロにとって一大事が起きました。周囲にいた人々が「あなたはあの人の弟子はでは?」と言うのです。ペテロは即座に、強く「知らない」と三度答えました。その時、時を告げる鶏の声が。一瞬にしてイエス様のことばを思い出したペテロは、激しく泣きました。
  • あなたのために祈っています…過越の食事の後、イエス様はペテロに「きょう鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います」(ルカ22章34節)と言われました。このペテロの行動も主がサタンに許された惑わしでした。主はなぜ、このようなことをされるのでしょうか? サタンの惑わしを体験する私たちが、自分の愚かさや弱さを知り、それによって赦し励まして下さる神の愛に気づき、神のもとに帰って来る、そう信頼しておられるからです。イエス様は「祈っているよ」と励まされます。さらには、自分の愚かさや弱さを知ったことに留まるのではなく、「兄弟たちを力づけなさい」と、歩み出すように使命を与え、祝福して下さいます。失望は主によって希望に変えられます。
  • そこなわれた姿…ペテロがイエス様を「知らない」と三度否んでいる時、宮廷の中では大祭司カヤパによって裁判が行われていました。そして「冒涜罪」が言い渡され、その場にいた人々はイエス様の顔につばきをかけたり、殴りつけたりして侮辱しました。そして次の裁判のためにカヤパの宮廷を出たイエス様は中庭にいるペテロと目が合います。イエス様のペテロを見るまなざしは怒りや悲愴ではなく、弱さを憐れむまなざしでした。「あなたのために祈っているよ」。ポンテオピラトによって死刑を宣告されたイエス様は十字架にかかる前に、鞭で打たれます。ローマ式の鞭打ちは、これによって命を落とすほど残酷です。イザヤはイエス様の姿を、こう預言しています。イザヤ52章14節「多くの者があなたを見て驚いたように、――その顔だちは、そこなわれて人のようではなく、その姿も人の子らとは違っていた。――」。その姿を目の当たりにしたペテロの心中はどうだったでしょうか。
  • 結び…顔や姿がそこなわれるほどに鞭打たれたイエス様。その傷の深さは、私たちへの愛の深さ、祈りの深さ。イエス様の受難と愛を共におぼえましょう。

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