Posted on 09/27/2020 at 19:27, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『引き止める者』(イエス・キリストの生涯 その127)(2020.9.27)

不法の秘密はすでに働いています。しかし今は引き止める者があって、自分が取り除かれる時まで引き止めているのです。(テサロニケ人への手紙第2 2章7節

はじめに…先週、川の土手や田んぼの畔に深紅の曼殊沙華が一斉に咲き誇っていました。毎年、時期を違わず開花するのを見、神様の創造の御手の業に想いを馳せます。日本ではお彼岸の行事が行われますが、イスラエルでは“大贖罪日(ヨムキプール)”の時期(今日の日没から)ですから、一面真っ赤に染まった光景からイエス様の血潮を想い起こします。

ヨムキプール…贖罪の日はシナゴーグに集まり、断食と祈りに専念します。(ただ、今年は事情が違い、25日(金)からイスラエルは全土を封鎖していて、家から1キロ以上の外出は禁止、祈りやデモは屋外で20人以内のみ許可。食料品店や薬局などは営業継続されていますが、シナゴーグは閉鎖になっています。)断食は苦行をして神様の憐れみを受けることではなく、「他の誰とも変わらない人間であることを証明するため」に断食をするのだとラビ・ハロルド・S・クシュナー氏は言います。不完全の間違いの多いありのままの存在として神様の前に出ることです。そして「コールニドレイ(すべての誓い)」という祈りを唱えます。この祈りは、昨年に立てたすべての誓いや約束に応えることができなかったことで、この新年に自分が非難を浴びないように解放を求める祈りです。「私たちは騙しました。私たちは悪意に満ちた噂を流しました。私たちは食べ放題、飲み放題してきました。私たちは両親や先生に敬意を払いませんでした…」

引き止める…さて、今日の聖書のテキストはテサロニケ人への手紙 第2 2章です。特に6節、7節に注目してみたいと思います。“引き止める”というのは、ヘブル語訳聖書ではアーサル(引き止める、(神罰)がとどめられる)です。旧約で同じ言葉が使われている箇所のひとつに、ダビデがアラウナの麦打ち場を買い取る記事が第2サムエル書24章21、25節にあります。「主のために祭壇を築き、全焼のいけにえと和解のいけにえとをささげた。主が、この国の祈りに心を動かされたので、神罰はイスラエルに及ばないようになった。」

ただ一度…大祭司が年に一度、贖罪の日に神殿(幕屋)の至聖所に入り、全イスラエルのための罪を贖う血を主にささげて、民が犯したすべての罪の赦しを得ていました。有効期限は1年でしたが、イエス様はご自身を贖いとしてささげ、永遠の和解を成就されたのです(へブル人への手紙10章10節)。

結び…皆さんお一人ひとりが永遠の贖いのこひつじなる主イエス様の血潮に守られて平安のうちに日々を過ごされるよう祈ります。

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