Posted on 01/03/2021 at 19:53, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『水の上にパンを投げよ』(イエス・キリストの生涯 その141)(2021.1.3)

『あなたのパンを水の上に投げよ。ずっと後になって、あなたはそれを見いだそう。』(伝道者の書11章1節)

  • はじめに…新しい主の年2021年が始まりました。今年の主題聖句『あなたのパンを水の上に投げよ』(伝道者の書11章1節)です。
  • パンの家…この聖句は昨年の待降節の黙想をしているときに、ふっと心に想いが来たみことばです。同時にイエス様が誕生された「ベツレヘム」が胸に迫って来ました。ベツレヘムを日本語に訳すと“パンの家”です。現在ベツレヘムの人口は約3万人ですから壱岐の島とほぼ同数です。
  • パンを水の上に投げる…これは「港町における穀物貿易で用いていた比喩的表現で、危険をも恐れずに大胆に投資することによって、成功を収める時が来ることを意味している。」と解説されたりします。ダビデ王の時代に、商人の間では “投資”の格言として使われていたということです。イエス様はご自身のことを「天から下って来た生けるパン」(ヨハネ6章51節)とおっしゃいました。つまり、この天地創造の世界でもっとも大きな“投資”は、もっとも高い天の父なる神様が、愛する独り子イエス様(生けるいのちのパン)をもっとも低い地上に投げ入れられた(遣わされた)ことと言えます。
  • もっとも大切なもの…私たち一人ひとりは神様から信頼され、イエス様から愛されている大切な存在です。私たち一人ひとりは、イエス様の宿られるベツレヘム、“パンの家”です。パンの家なる私たちの内でイエス様に対する信頼、信仰が成長し、隣人への愛が養われます。愛は大切なものを互いに分かち合います。みことばに促され、隣人にとって今、もっとも大切なもの必要なものを分かち合い、それが聖霊の喜び、感動として波紋のように私たちの内に広がります。
  • 等身大の自分を投げる…私たちの友人が壱岐の海女さんの話をしてくれました。壱岐の海女さんはかつて“素潜り”だったそうです。上半身は裸で海に潜ったのだと。なぜなら海中に藻の森があり、潜水服を着て潜ると藻がまとわりついてしまって海女漁にならないためだそうです。ただ上半身裸のため、体が冷えて長く潜ることはできず、その人の身の丈の漁をしたら沖に上がって暖を取る必要がある訳です。すでに『循環型社会』はあったのだと。等身大の自分を、見えないけれども確かに備えられている主の恵みの上に投げ出すことが、自分自身と隣人を豊かにする、愛の営みなのです。
  • 結び…新しい年、等身大の自分を、主の恵みの海原に向かって飛び込む一年となるよう、祈ります。

《追記》

zoom参加を希望される方は10時15分-25分の間に

ミーティングID: 619 286 4474

パスコード: 3D3M69

でアクセスしてください。

※注意事項

①礼拝時はホストから参加者のマイクをミュート設定にします(ミュートにしないとハウリングして音声が聞き取りにくい場合があるためです。礼拝後はミュート設定を解除します)

②イヤホンを使用すると音声が聞き取りやすい場合があります

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