Posted on 04/04/2021 at 05:12, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『傷跡そのままで』(イエス・キリストの生涯 その154)(2021.4.4)

それで、ほかの弟子たちが彼に「私たちは主を見た」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません」と言った。(ヨハネの福音書20章25節)

  • はじめに…本主日は新年度最初の礼拝です。そしてイエス様の復活を記念するイースターの礼拝です。復活はキリスト教信仰の根幹です。ゴッホの人生最期の作品は『木の根と幹(Tree Roots)』で、非常に明るいタッチで描かれています。この絵を描いたゴッホは、死の先にある再生、復活を確信していたのではないか、そう思います。
  • 信仰告白…皆さんお一人ひとり、信仰に導かれた出来事とみことばがあることと思います。今日の聖書のテキストの箇所は、私が信仰に導かれた出来事の中で与えられたみことばです。それは若き頃の私自身が抱いていた理想に敗れ、やり直しの人生を歩んでいたところに再び困難な状況に遭い、先の見えない暗闇の中、必死にもがいている時(まさしくゴッホの描いた“うねる根”状態の時)、出会ったみことばであり、それはイエス様自身でした。
  • デドモと呼ばれるトマス…私たちは目の前の同じ出来事を見ても、それぞれの環境、境遇、文化的背景等によって、その見え方、感じ方、あるいは解釈に違いがあります。三好春樹さんという介護の世界では革新的なリーダーがいます。彼は毎年、福祉や介護に携わる人を引き連れてインドに研修旅行に行っているそうです。参加した人たちは、そこでの体験を通して、介護に対する見方、姿勢が変わると言います。同様に、復活のイエス様との出会いの出来事によって、トマスの人生は劇的に変わりました。信じない者から信じる者になったのです。引き裂かれていた人格、深淵そのものだった人生が、イエス様と共に生きる者、光に導かれ、輝いて生きる人生に変わったのです。
  • 愛の真剣勝負…「私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じない」と啖呵を切ったトマスは、ある意味、自分に正直、実直だと思います。病理解剖をして病変を確かめ診断を下す医師のようです。そのトマスに活ける復活のイエス様は、ご自身を丸ごと差し出されたのです。「わたしの体の最深部にまであなたの手を差し入れよ」。このイエス様の愛に裏打ちされた真実のみことばが、トマスの心の奥の深淵(陰府)に稲妻のように打ち込まれたことでしょう。心の闇が一瞬に光に照らされ、「私の主。私の神」そう告白せずにはおれませんでした。
  • 結び…傷跡そのままの主イエス様が皆さんの心の内を照らしておられます。

《追記》

Zoom礼拝参加を希望される方は、事前に電話連絡後、主日礼拝当日の10時15分-25分の間に

ミーティングID: 619 286 4474

パスコード: 3D3M69

でアクセスしてください。

ホストから参加の許可設定をします。

※注意事項

①礼拝時はホストから参加者のマイクをミュート設定にします(ミュートにしないとハウリングして音声が聞き取りにくい場合があるためです。礼拝後はミュート設定を解除します)

②イヤホンを使用すると音声が聞き取りやすい場合があります

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