Posted on 04/18/2021 at 07:08, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『御名があがめられますように』(イエス・キリストの生涯 その156)(2021.4.18)

だから、こう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。(マタイの福音書6章9節)

  • はじめに…今日は家内の誕生日です。この世に生を受け、云十云年。身体的な衰えは不可避ですが、霊的成長は無限ですから、御国に向かってさらに広く長く高く深くキリストの身の丈にまで成長し、これからも主との親密な交わりの日々を楽しみながら歳を重ねていかれることを祈ります。
  • 御名…先主日から「主の祈り」を共に学んでいますが、本主日はその2回目、「御名があがめられますように」の箇所から聴いていきたいと思います。前回は、「父」なる神に向かって、百パーセント信頼して祈れ、それがイエス様の私たちに伝えたかった最初のことだということを学びました。つまり、イエス様が私たちに教えて下さったことは「御名」とはイエス様にとっては“父”すなわち“アバ(おとうちゃん)” 韓国語ならアッパ、英語ならダディでした (マルコ14章36節)。その同じ“父”に祈れ、祈っていい、そうイエス様はおっしゃっています。漠然とした一般名詞としての父ではなく、固有名詞としての“父”にです。
  • あがめられますように…“あがめる”という言葉はヘブル語では「カーダシュ」です。「聖とする」という意味で、言い換えれば「主のもの」です。つまり「御名が主ご自身の認識となりますように(筆者意訳)」となります。御名は人間の認識、世の認識では決して悟りえないのです。
  • 異言の祈り…私たちが韓国でお世話になった李天秀牧師はその著書の中で次のように語っています。『“父”という単語を使う時、普段いつも父親から苦痛を与えられていたり、捨てられた人だったら、その単語に対して無意識に拒否感をもつこともあります。そのため、御父という言葉に対して拒否感をもつこともあります。私達は、この世で使う言葉でもって神の聖なる完全さをすべて表現することは出来ません。ですから、祈るとき世の言葉で表現すると、世の感が入るのです。異言とは、こうしたことを抑えることのできる無公害な祈りです。世の言葉に混入している間違った霊がすべて除去され、純粋に祈ることができ、有益です。異言を通して天使が働き、世の事を抑えて聖霊様ご自身が思うままに祈ることが出来るからです。』(李天秀著『体験聖書』より)。御名があがめられ、聖とされる祈り、イエス様と同じ思いで天の父に向けて祈ることができるのは、異言の祈りだと言えます。
  • 結び…異言の祈りを通して、天の父に向かって祈れる恵みを感謝します。

《追記》

Zoom礼拝参加を希望される方は、事前に電話連絡後、主日礼拝当日の10時15分-25分の間に

ミーティングID: 619 286 4474

パスコード: 3D3M69

でアクセスしてください。

ホストから参加の許可設定をします。

※注意事項

①礼拝時はホストから参加者のマイクをミュート設定にします(ミュートにしないとハウリングして音声が聞き取りにくい場合があるためです。礼拝後はミュート設定を解除します)

②イヤホンを使用すると音声が聞き取りやすい場合があります

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