Posted on 07/04/2021 at 09:18, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『待ち合わせの場所で』(イエス・キリストの生涯 その167)(2021.7.4)

さて、アテネでふたり(シラスとテモテ)を待っていたパウロは、町が偶像でいっぱいなのを見て、心に憤りを感じた。(使徒の働き17章16節)

  • はじめに…五輪開幕まで3週間を切りましたが、コロナ禍にあって五輪参加のため来日するアスリートの方や関係者のコロナ感染が連日報じられています。国内感染者数も再び増加傾向にあり、五輪によって更なる人流増加に拍車がかかり、重症患者や命を落とす方が再び増加することが懸念されます。関係する人々が、いのちを第一に考えて行動してくれるよう願っています。
  • アテネ…今日は、ピリピ、テサロケを経て、近代オリンピック発祥の地、アテネでのパウロの宣教です。古代アテネは芸術、学問、そして哲学の中心地でした。かの有名な哲学者ソクラテスやプラトン、アリストテレスが活躍しました。パウロはそのギリシヤ文化の中心、アテネの地に足を踏み入れました。そこで目にしたものは町中に溢れる偶像の数々でした。
  • ギリシヤ思想とキリスト信仰の邂逅…パウロはまずユダヤ教の会堂で論じ、その後、町の広場で論じ合いました。そこに当時の二大哲学会派、エピクロス派(快楽主義)とストア派(禁欲主義)の人々もいて、「このおしゃべり(=さえずる者)」「外国の神々(=ダイモニオン、鬼神)を伝える者」「めずらしいことを知りたい」と、アレオパゴス(市民評議会)に連れて行きました。そこでパウロは堰を切ったように語りだしました。それは、あたかも紀元前399年に同じ場所で、ソクラテスが裁判を受け弁明をしたかのようでした。
  • 「知られない神」…多神教のギリシヤですから、その名も存在も知らないために拝み損ねている神があれば、その怒りに触れるかも知れないので、それを回避するために「知られない神々に」と刻んだ祭壇を作って拝んでいました。この背景には、ストア派に影響を与えているソクラテスの「無知の知」の思想が反映しているのでしょう。それをパウロは「宗教心にあつい」と表現しています。「あなたたちは間違っている!」と糾弾してはいません。
  • 「よみがえりの主」…そして「知らずに拝んでいるものを教えましょう」と、福音を語り始めます。それは神々に並ぶもう一人の神でもなく、神々を一つに束ねる単一神ゼウスでもなく、創造主であり、仕えられる必要もなく、いのちを与え、義をもって世界をさばく方であることを、よみがえりの主を通して証ししてくださったと語りました。
  • 結び…よみがえりの主は、人間の想像や思考の産物(偶像)でもなく、単なる神霊でもなく、受肉し、十字架に掛かられ、私たちの贖いとなり、死んで復活されたイエス様です。福音の恵みを感謝します。

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