Posted on 11/07/2021 at 19:03, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『圧倒する主の栄光の輝き』(イエス・キリストの生涯 その184)(2021.11.7)

正義をもって寄るべのない者をさばき、公正をもって国の貧しい者のために判決を下し、口のむちで国を打ち、くちびるの息で悪者を殺す(イザヤ書11章4節)

その時になると、不法の人が現れますが、主は御口の息をもって彼を殺し(=overthrow/ひっくり返す)、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます(②テサロニケ人への手紙2章8節)

  • はじめに…先週の主日の午後、神学生時代の私を支えてくれた教会で修養会があり、そこに私の恩師が講師として招かれていたので一目会えればと出掛けてきました。再会は、ほぼ五年前の献堂式の時以来でしたが、「祈ってたよ」(「イエス様の愛を注いでいたよ」)と声を掛けて下さり、15分程、先生とお交わりの時を過ごさせて頂きました。祈られているということがどれだけ慰めを受け、強められるかということを、改めて実感しました(②テサロニケ2章17節)
  • 不法の秘密…さて、今日のテキストはイザヤ書11章4節と、この箇所の引用である②テサロニケ人への手紙2章8節です。イザヤ書11章の文脈は「主にある平和」で、②テサロニケ2章の方は「主の来臨」と言ってよいでしょう。いずれの場合も「悪者」であったり「不法の人」「滅びの子」、すなわち主の平和を脅かす存在、主の来臨に対抗する者の存在があります。そしてパウロは「不法の秘密はすでに働いています」(②テサロニケ人への手紙2章7節a)と記しています。不法の秘密とは一体、何でしょうか? 不法の本質がサタンだとするなら、不法の秘密は私たちの心の奥底に隠された欲望、自己中心性でしょう。闇の支配です。その影響で社会、自然環境までが歪み、汚染され、修復不可能なところまで来ており、呻いています。また同時に欲望をコントロールし、博愛精神を発揮し、あたかも自身が善、あるいは神であるかのように振る舞う偽善性です。自分で火をつけておいてその火を消すことで称賛(利益)を得るようなものです。いわゆる「マッチポンプ」です。
  • 栄光の輝き…その「マッチポンプ」で人心を掌握し、支配しようとする「不法の人」の価値観、思想を、主はその口の息、来臨の輝き、すなわち主ご自身の存在によってひっくり返されるのだと、パウロは自らの回心の体験も含めて確信を持ってテサロニケの人々、さらに私たちに語っています。主の臨在するところには神と人、人と人、人と自然の平和があり、いのちが輝いているところです(イザヤ書11章10節)
  • 結び…目に見えない御国(=完全なエデン)は確かにあり、御座にはイエス様がおられ、私たちの祈りを聞き、執り成しておられることを感謝します。

You can follow any follow up comments to this entry through the RSS 2.0 feed.

アーカイブ ログイン お問い合わせ