Posted on 02/06/2022 at 19:57, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『主のしもべの歌』(イエス・キリストの生涯 その198) (2022.2.6)

「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日にあなたを助けた」(イザヤ書49章8節)/神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。(②コリント6章2節)

  • はじめに…私たち夫婦は、毎朝食前の祈りのときに、聖書を3カ所朗読します。マタイ18章19節①テサロニケ5章23-24節、それとエレミヤ書33章3節です。エレミヤ書33章3節「わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、あなたが知らない理解を超えた大いなることを、あなたに告げよう」。文脈から言えば続く4節-9節の内容、主によるいやし、赦し、祝福が与えられるということになります。歴史的に言えばバビロン捕囚の苦難からの解放の出来事です。それは主のみこころですから、同様のいやし、赦し、祝福が、今を生きる私たちにも具体的に与えられることを意味しています。
  • あなたを忘れない…先主日は、異邦人であるペルシャの王クロスの霊を奮い立たせ、イスラエルの民をバビロンから解放し、かつての都エルサレムへ帰還させ、主のご計画(目的)の成就のために用いられたことを学びました。その目的は主を仰ぎ見ること、主に“顔を向ける”ことでした。乳飲み子は無条件に母に顔を向け、乳を求めます。母はその子に乳を与えること、愛することで平安に満ちます(イザヤ書49章15節前半)。しかし先の見えない中で、バビロンの虜になっていたイスラエルの民は「主は私を見捨てた。主は私を忘れた」(同14節)と嘆く日々を送っていました。しかし主は一瞬たりとも私たちをお忘れにはならないお方です。
  • 手のひらに刻んだ…主は「見よ。わたしは手のひらにあなたを刻んだ」(同16節)とおっしゃっています。永遠なる創造主が、その手のひら(複数形)にわたしたち一人ひとりを刻み付け、記憶しておられるのです。その永遠なる創造主は生まれる前から私たち一人ひとりの名を呼んでくださるお方です(同1節)。そして主は「手を上げ、わたしの旗を掲げる」(同22節)とおっしゃいます。旗じるしは手のひらに刻まれた私たち一人ひとりです。生前のイエス様は両手でいやしをされました。そして十字架の贖いの死を通られたイエス様は、その釘跡のある両手を弟子たちに示されました(ヨハネ21章20、27節)。イエス様の両手にある釘跡は、私たち一人ひとりの罪の贖いのしるし、私たちがイエス様によって生かされている、恵みと救いのしるしです。
  • 結び…いやし、赦し、祝福してくださる主、絶対に忘れない主に感謝。

You can follow any follow up comments to this entry through the RSS 2.0 feed.

アーカイブ ログイン お問い合わせ