Posted on 09/03/2023 at 07:01, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『ほふられた羊』(新約に引用されている旧約 その61)(2023.9.3)

だが、あなたのために、私たちは一日中、殺されています。私たちは、ほふられる羊とみなされています。(詩篇44篇22節) /「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。(ローマ8章36節)

◆はじめに…先週は、新たな住居の内覧と、新たな勤務先での面談に出かけてきました。その道中、二人の方との出会いがありました。一人は認知症であろう老婦人と、もう一人は心身に障がいを負っている中年女性でした。偶然の出会いでしたが、何かしら今後の私たちの歩みを暗示するかのように感じました。

◆脱穀…ギリシャ語で「患難」とは、「外からの圧力」を意味します。重荷を負っている人の状態に使われます。今の瞬間、何らかの重荷、病気、貧困、死別などの外からの圧力(重荷)を受けている人がほとんどでしょう。また、ラテン語では「脱穀」を意味します。私たちの経験する苦難は、重い鞭で打ち叩かれるようなものです。しかし、その苦難は藁ともみがらだけを失うようなものです。忍耐の後、不必要なものは取り除かれ、輝きが現れ、希望が生まれます。今、嵐の中で、「助かる最後の望みも今や絶たれようとしている」(使徒の働き27章20節参照)状態かも知れません。それは今、主にすべてを明け渡そうとしている“ほふられる羊”状態です。

◆ほふられた羊…しかし今、ほふられ、死んで復活し、神の右におられるイエス様は、私たちのために執り成しの祈り(ローマ8章34節)をし「あなたがたは助かる」「髪の毛の一本も失われることはない」と、将来を確約してくださっています。「恵みは十分」「わたしの力は弱さのうちに完全に現われる」(②コリント12章9節)とパウロに語られたように、私たちにも語られます。

◆イエス様の愛…私たちのイエス様に対する愛が強いのではなく、イエス様の私たちに対する愛が強いのです(①ヨハネ4章10節参照)。35、36節の状態の中にある私たち自身の力はあまりに弱いのです。その弱さをご存じのイエス様だけが、充分にこれに打ち勝つ力があるのです。イエス様の愛から私たちを引き離すものはだれにも、何にも、ありません(ローマ8章9節参照)。

◆結び…私たちには多くの患難があります。暴風(ユーラクロン)が吹き荒れます。万事休す、絶体絶命。そのただ中で、ほふられた羊なるイエス様はときに直接に、ときに御使いを遣わして語られます。「恐れてはいけない」「元気を出しなさい」(使徒の働き27章24、25節参照)。

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