Posted on 12/11/2010 at 21:12, by matsumoto

無の影(李天秀著『牧会断想』より)

purchase discount medication! generic dapoxetine sale estrace estrace cream generic purchase estrace sale where to buy generic estrace cream buy estrace online buy estrace tablets order estrace buy estrace . approved pharmacy, dapoxetine online purchase india. この世は、本来、無である▼ただ、空しさ(虚像)の上に言葉の運動力によって、天の影が現されただけである▼土でつくられた人の体は、天の影(見える物)を映し出すモニターに過ぎないので、生きているのではなく現象である(ヘブル11:3)▼しかし、神は、人を神の似象で造られ、神の愛(生命)が人の内に入るようになさったのである▼そして、人は、真実な人であるキリストに“内”で会う(受け入れる)時、影を抜け出して、真実な光、真実ないのちを得るようになる(ヨハネ1:4)▼しかし、悪魔は、光といのちがない▼人によって、善を通して悪を、悪を通して善を分別するようにするので、何かがあるかのように感じさせるのである▼すべての事が影なのであるが、善いこと、悪いことを区別し、見える(かの)ようにし、感じさせることによって、人が無益なことを選択し、左右されるように魅惑するのである▼だから、人にイエスのいのちがなく、単純に自分の経験によって、善と悪を区別し、計画し選択することは、すべてが無い事である(ヤコブ4:16)▼人は体で生きることではなく、(コロサイ3:3)、私たちの真実ないのちは、私たちが土によってできた体を着てこの地に来る前に、世界が造られる前、時間の外で、キリストの“内”にいたのである▼そして今も、私たちのいのちは、第三の天におられる主の内に隠されているのである(コロサイ3:4)▼ですから、私たちは、見えないことを見つめるべきである▼見えることは、すべてが無であり、神の御言葉の影として現れたことに過ぎない(へブル11:3)▼だから、地のことは考える必要も、判断する必要も、心配する必要もないのである。

ですから、あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。

あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい。(Ⅰコリ4:5、コロサイ3:2)

<!– –>

You can follow any follow up comments to this entry through the RSS 2.0 feed.

アーカイブ ログイン お問い合わせ