Posted on 04/14/2024 at 19:39, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『光は救い』(新約に引用されている旧約 その84)(2024.4.14)

(…)わたしはあなたを諸国の民の光とし、地の果てにまでわたしの救いをもたらす者とする (イザヤ49章6節) /『わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが地の果てまでも救いをもたらすためである。』(使徒13章47節)

◆はじめに…先週の水曜日の夜、大川キリスト教会の祈祷会に参加させて頂きました。み言葉の箇所は「イサクの誕生といけにえ」ということで創世記21章1節から22章19節でした。試練に直面したとき、み言葉に信頼して試練に立ち向かい、その結果、祝福される、というアブラハムの体験から、祈祷会の参加者一人ひとりの試練と祝福の証しを分かち合いました。大きな事故だったり、病いの試練を通して主が祝福して下さったそれぞれの証しから感動と励ましを受けました。

◆ユダヤ人の闇(迫害)を貫通して…今日のテキストの主題は「異邦人の光」です。パウロとバルナバは、聖霊に遣わされ、まず同胞であるユダヤ人に対して福音を語り(光を照らし)ました。しかし、ユダヤ人(の指導者層)は、光より闇を愛し、光を憎み、光のほうに来ませんでした(ヨハネ3章19-20節参照)。使徒の働き13章から本格的な異邦人伝道が始まったことが記されてありますが、その最初の出来事がローマの属州だったキプロス島の総督セルギオ・パウロが信仰にはいったことです。その後、パウロたちはピシデヤのアンテオケに移動し、会堂で宣教をする機会を得、大胆にイエス様の福音を語りました。いずれの場所においても、ユダヤ人の妬み、ののしり、迫害に遭いました。しかしユダヤ人が神のことば(福音)を拒んだことで、パウロらの異邦人伝道の歩みは加速していきました。かと言って主は、ユダヤ人(イスラエル人)をあきらめ、見放した訳ではなく、むしろ完全に救いに導くご計画を着実に進めておられることを、パウロはローマ書で語っています(ローマ11章25-28節参照)。

◆異邦人の光は…第一回伝道旅行で迫害に遭った際、パウロとバルナバは、今日のテキストの箇所を語りました。「『わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが地の果てまでも救いをもたらすためである。』」と。このみことばを聞いた異邦人は主を賛美し、信仰にはいり、一方でユダヤ人はパウロたちを地域から追い出し、益々、イエス様(いのちの光)を遠ざけました。

◆地の果て(底)まで救う…しかし、ユダヤ人がいのちの光なるイエス様を遠ざければ遠ざける程、異邦人は救われ、誰一人として主の愛からもれる者はなく、究極的にはユダヤ人も異邦人もすべての者が永遠のいのちに与り、とこしえにイエス様の愛のうちに生きる者となる、これが主のご計画に他なりません。

◆結び…新しい一週間も、主が御顔の光を照らしてくださることを感謝します。

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