Posted on 05/12/2013 at 05:32, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『主イエス・キリストの恵み』(結語シリーズ 旧約篇その15)(2013.5.12)

祭司エズラは立ち上がって、彼らに言った。「あなたがたは、不信の罪を犯した。外国の女をめとって、イスラエルの罪過を増し加えた。(エズラ10章10節)

 

■    はじめに…先週の水曜日に、ホームヘルパー2級講座(介護職員初任者研修)の最後の実習が終了しました。今後の牧会にどのように主が用いて下さるのでしょうか。

■    神殿は再建されたけれど…さて、今日のみことばはエズラ記の最終章。約70年に及ぶバビロン捕囚から解放されたイスラエルの民が、神殿の再建に着手。その後半世紀を経て、祭司兼学者のエズラが民に主の律法を徹底しようと、バビロンからエルサレム(東京-鹿児島くらいの距離)へ。しかしそこでエズラが目の当たりにしたものは、かつてモーセが体験した“金の子牛事件”のような、民の主に対する背信行為でした。神殿は再建されても心は伴っていなかったのです。

■    連帯責任…それでエズラは主の前で涙ながらに祈らずにはいられませんでした。「私たちは罪過の中であなたの御前におります」と、民の罪をわが罪として背負い、執り成しをしました。私たちは欲あるいは不安ゆえに、罪、過ち、間違いを犯す弱い存在です。それは「私たち」であって、「あなたがた」「あの人たち」ではありません。「あなたがたは、不信の罪を犯した」と言えるのは、「私たち」と、連帯責任を担う覚悟がある者だけです。

■    イエス・キリストの恵み…しかし私たちは、私たち自身によって罪過から免れる、また罪赦されることはありません。結末は「欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます」(ヤコブ1章15節)です。しかし恵み深い主は「罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし…」(エペソ2章5節)て下さるのです。「律法がはいって来たのは、違反が増し加わるためです。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです」(ローマ5章20-21節)

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