Posted on 06/09/2013 at 04:41, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『祈り、与え、死んだ』(結語シリーズ 旧約篇その18)(2013.6.9)

こうしてヨブは老年を迎え、長寿を全うして死んだ。(ヨブ記42章17節)

■    はじめに…誰しも半世紀近く、あるいはそれ以上生きていると、何度か筆舌に尽くしがたい困難に直面します。私には大工職人の友人がありますが、彼が家庭、経済問題に直面して苦しんでいた時、一冊の本を差し上げました。岩波新書の浅野順一著『ヨブ記』でした。それは私自身を絶望の淵から引き上げてくれた本だったからです。

■    理由なき苦難…ヨブ記のテーマは、「理由なき苦難にどう向き合うのか」と言えます。順風満帆の人生のヨブでしたが、立て続けに財産を失い、家族を失い、病に犯されるという災難に見舞われました。その悲しみとやり場のない憤りにあるヨブを慰めようと友人たちがやって来ましたが、結局「聞け。私はあなたに答える。このことであなたは正しくない。神は人よりも偉大だからである」などと、ヨブに何らかの罪があるからこのような結果になるのだと結論づけることに。ヨブは、身の潔白を晴らすかのように主に対して訴えました。そのヨブに対して、主はあらしの中から答えられました(38章-41章)。けれどもひと言も義人の苦難の意味は語られていません。

■    真実…しかしヨブは、苦難の答えが得られなくとも、平静さを取り戻しています。なぜでしょうか? それは苦難のただ中にあって主の御声を聞き、主の御姿に接したからです。主は私たちの苦難のただ中におられる“贖い主(あがないぬし)”です。主は今、活きておられます。

■    霊的祝福…人生の後半生、ヨブは再び祝福されました。それは復讐ではなく祈りから始まりました(42章9節)。そして祝福を分かち合い、長寿を全うし、その生涯を閉じました。それは物質的祝福というより、祈りと分かち合いの霊的祝福でした。

■    結び…今日から始まる新しい日々、私たち一人ひとり、主の下さる霊的祝福に招かれています。

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