Posted on 03/22/2015 at 04:10, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『空中で主と会う』(2015.3.22)

 

次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。(Ⅰテサロニケ4章17節)

    • はじめに…『医師が諦めた死産の子 母親と父親の胸に抱かれて奇跡が起こる』と題されたニュースがありました。長い間、子どもに恵まれなかったデビットさん、ケイトさん夫婦。医師が、死産で生まれた息子ジェイミーくんを、最後のお別れをするようにと両親に手渡すと、二人は息子を抱きしめ、息の止まっている息子に話しかけ続けました。するとジェイミーくんが小さな手で、お父さんの指を握り…。生き返ったのです。
    • 終末…キリストが再び来られる時には、キリストを信じて死んだ人々がまず復活させられ、生きて地上に残っている聖徒も、同時に朽ちないからだに変えられます。これが聖徒の復活で、その時キリストを迎えることになります(Ⅰテサロニケ4: 1417、Ⅰコリント155157、ヨハネ5:2829、ピリピ3:2021
  •  触れることで…“いのち”に対してあきらめない強い意志が、死に勝利する奇跡を起こしたのでしょう。母親と赤ちゃんが皮膚を合わせることは、出産時のストレスを和らげ、赤ちゃんの心拍と呼吸を、より良好な状態にする効果があるそうです。
  • いのちが回復し…キリストを信じる者は、生物としての生命とは別のいのちを知っていますし、得ています。キリストのあがないによって与えられている永遠のいのち、復活のいのちです。ことばを変えれば、神様との関係が回復した生涯と言っても良いでしょう。放蕩の限りを尽くして父のもとに帰って来た息子(弟)に対する父の思いは「死んでいたのが生き返ったのだ」(ルカ15章32節)
  • 永遠に生きる…父は「まだ家までは遠かったのに、彼を見つけ、走り寄って彼を抱き、口づけした」(同20節)のです。父(主)のみこころは滅びることではなく生きることであり、裁くことではなく救うことにあります(ヨハネ3章16、17節)。再臨も同様です。
  • 結び…思い余って空中で会ってくださる主の愛を覚えつつ過ごされる皆さんお一人ひとりの一週間であるよう、祝福して祈ります。

You can follow any follow up comments to this entry through the RSS 2.0 feed.

アーカイブ ログイン お問い合わせ