Posted on 05/10/2015 at 02:13, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『ホザナ』(賛美シリーズ その4)(2015.5.10)

 

そして、前を行く者も、あとに従う者も、叫んでいた。「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。マルコ11章9節 buy viagra – no prescription needed – free ships: generic viagra functions principally in order to hinder the game from the chemical phosphodiesterase 5 various (pde-5). where to buy baclofen : buy meds without a prescription! pharmacy no rx paypal | sertraline mexico. s-4i do do prolonged use kill people coloreddamaged hair.

  • はじめに…先週4日の朝、Sさんが召されました。約2年間、私たちと一緒に礼拝を捧げられました。そのSさんの心から主に向かって賛美し祈る後ろ姿は、私たちの模範でした。いとすぎ教会の一人ひとりの心の中の宝ものになりました。それはあたかも黙示録21章にあるような種々の宝石で光り輝く聖なる都のようです。葬儀の前日、娘さんと私たち3人で静謐(せいひつ)に満ちた会堂で祈りと賛美を捧げましたが、慎ましく祝福されたキリストとSさんの結婚式のようでした。
  • どうぞ救ってください…“ホサナ”というのは「どうぞ、救ってください」という意味です。仮庵の祭り・過越の祭りのときに歌われた賛美(詩篇118篇25節)です。
  • のろいから…このホサナ! 救ってください!という嘆願の叫びのような賛美のあと、イエス様は実をつけていないいちじくの木に向かって「今後、いつまでも、だれもおまえの実を食べることのないように」(マルコ11章14節)と言われました。その翌日、いちじくの木は枯れていました。その出来事から弟子のペテロは、“のろわれたいちじくの木” buy female viagra online | brand & generic – best price – best quality – 24/7 (同21節)と言いました。
  • いちじくは善悪の知識の木!?…ところで、ユダヤ人は「善悪の知識の木」は「いちじくの木」だったと考えています。なぜなら、アダムとエバが、善悪の知識の木の実を取って食べ、自分たちが裸であることを知り、その直後、いちじくの葉で腰の覆いを作ったので、いちじくの木が善悪の知識の木であった可能性が高いからです。
  • いのちの木…ここで再び黙示録です。黙示録最終章の22章を見ると、聖なる都にはエデンの園の中央にあった“いのちの木”だけあり、善悪の知識の木はありません(同2節)。続く3節で「もはや、のろわれるものは何もない」と記されています。善悪の知識の木の実を取って食べたゆえに「死」が人を支配するようになりましたが、天の聖都は「いのち」で満ち満ちており、「死」の支配はまったくありません。救いが完全に成就しています。
  • 結び…新しい週、天の聖なる都の希望を心の内に抱いて歩む皆さんお一人ひとりであるよう、祝福して祈ります。

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