Posted on 10/25/2015 at 07:35, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『家の神から神の家へ』(ヨベルの年 第7週)(2015.10.25)

 

彼は恐れおののいて、また言った。「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。」(創世記28章17節)

 はじめに…多くのクリスチャンが1年かけて聖書全巻を通読しますが、ユダヤ教のシナゴーグ(会堂)では1年かけてモーセ五書を創世記から朗読します。それにちなんで、今日は創世記の一節からみことばを聞きます。

夢…今日の箇所は、ヤコブがカナンからカランに向けての旅の途中、一夜を明かすことになったベテル(神の家)でのこと。石を枕にして横になったヤコブの夢の中に主が現れ、語られました。「この地を、あなたとあなたの子孫に与える」「わたしはあなたとともにあり、守り、約束を成し遂げるまで、決して捨てない」(創世記28章13、15節)等々。

ヤコブ…ヤコブの名の意味は“押しのける者”。双子の兄エサウの長子の権利、祝福を横取りしました。そのエサウの恨みと殺意から逃れるために、母の兄ラバンの住んでいるカランへ旅立ったのです。(その地から妻を娶るようにとの父イサクの指示もありました。)

家の神から神の家へ…その旅は孤独でした。しかし、その孤独の中で夢を通して御使いが働かれる幻と、主の御声を聞いたのです。主との一対一の出会いです。父イサクの神ではなく、一人の人ヤコブの神との出会いです。主は、私たちの深い祈り(そして夢)の中で、すなわち私たちの内側に臨在されるのです。主は私たち自身をご自身の家、宮としてくださいます。主は、私たちの内側に住んでくださり、どこに行っても、どんな状況の中でも、いつもともにいてくださいます。のちにヤコブはベテルを立ち、ラバンの住むカランへ。そこでも試練が待ち構えていました。しかし神の家として主がともにおられる人生は、忍耐が必要ですが決して失望に終わることはありません。

結び…今週も祈りと夢を通して、私たちの深いところで出会ってくださる主が、皆さんお一人ひとりに日々、新しいいのちと、新たな力を与えてくださいます。

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