Posted on 10/02/2016 at 19:11, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『スミルナにある教会』(黙示録 その6)』(2016.10.2)

 

 

あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。(ヨハネ黙示録2章10節)

 

  • はじめに…今日の日没からユダヤ歴では「新年」を迎えます。ユダヤの伝統に則すれば天地創造から5777年となります。次のヨベルの年(安息と解放の年)に向けて、新たな活動期に入ったといえます。その歩みは平坦なものではないと思います。
  • 新年の希望…しかしその歩みは、確かな希望、新しいエルサレム(神の幕屋)で、イエス様と永遠に住まう希望に向けての歩みです。ユダヤでは、りんごにハチミツをつけて、「シャナー・トヴァー・ウメトゥカー」(良き甘き年でありますように)と祝福します。また、新年の2日間は、「神の王冠」と言われるべき日で、王冠をイメージした丸型のパンを使って聖別の祈り(キドゥーシュ)が行われます。
  • スミルナ…今日は、七つの教会(すべて現在のトルコにありました)のひとつ、スミルナの教会から、みことばを聴きたい願っています。スミルナは現在のイズミールで、人口およそ4百万のトルコ第3の都市として繁栄しています。黙示録の記された当時も主要都市として栄えていましたが、教会は迫害の真っ只中にありました。ゆえに極めて貧しい境遇に置かれていましたが、イエス様はそのことをすべて知っていて下さいました(マタイ5章3、10-11節参照)
  • 没薬…スミルナは「没薬」という意味です。没薬は香料、鎮静剤、防腐剤として用いられました。さらに重要なことは、聖なる注ぎの油として幕屋の器具に塗られ(出エジプト30章23-30節)、幼子イエス様に捧げられ(マタイ2章11節)、葬りに用いられた(ヨハネ19章39-40節)ということです。つまり、主に近づき、礼拝するために用いられたのです。
  • いのちの冠…“いばらの冠”を被られたイエス様(マルコ15章16-23節)が、忠実な者に“いのちの冠”を与えようと、約束して下さっています。
  • 結び…いのちの冠を与えて下さり、聖なる天の都に招いて下さる主イエス様のみことばに忠実に応える皆さんお一人ひとりであるよう、祝福して祈ります。

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