Posted on 01/22/2017 at 19:39, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『禍転じて福となす(黙示録 その22)』(2017.1.22)

 

また私は見た。一羽のわしが中天を飛びながら、大声で言うのを聞いた。「わざわいが来る。わざわいが、わざわいが来る。地に住む人々に。あと三人の御使いがラッパを吹き鳴らそうとしている。」(ヨハネ黙示録8章13節)

 

  • はじめに…先週の1月17日で、阪神淡路大震災から22年が経過しました。6434人が亡くなり、30万を超える人々が避難生活を余儀なくされた未曾有の大地震でした。被災した者としては昨日のことのように思い出します。以前にもお話ししましたが、この大震災が私の献身のきっかけとなりました。
  • 第7の封印…第六の封印が小羊によって解かれたとき、地震が起こりました(黙示録6章12節)。その後、7章では、天において大歓声をあげて礼拝と賛美が捧げられる光景を使徒ヨハネは見、そして今日のテキストの8章で、最後の七巻目の封印が解かれます。そのとき、「天に半時間ばかりの静けさ」(同8章1節)がありました。審判の前の厳かな静謐です。交響曲第5番「運命」の冒頭の八分休符のようです。祈りのために聖別された時間です。それから香炉が御使いによって地に投げられ、再び地震が起こり、次々に七つのラッパが吹き鳴らされていきます。
  • 第1から第4のラッパ…植物が焼け、海が血となり、水は苦くなり、天体は光を失います。人類を取り巻く環境の三分の一が崩壊していきます。ドミノ倒しのように、あるいは核分裂のように壊れていきます。
  • 中天を飛ぶわし…粛々と事態が進んでいくなかで、一羽のわしが中空を飛びながら、「わざわいが来る。わざわいが、わざわいが来る」という大声をヨハネは聞きました(同8章13節)。有罪判決が下され、それを触れ回っているような響きがありますが、実は、ヘブル語訳聖書では、深い悲しみを表す言葉「オイ」が使われています。「悲しいかな、悲しいかな、悲しいかな」と、鳥の中の王とも言える鷲が、深く悲しんでいるのです。世の悲しみは死をもたらしますが「みこころに添った悲しみは悔いのない救いに至る悔い改めを生じさせます」(Ⅱコリント7章10節)。また、希望は失望に終わることはありません(ローマ5章5節)
  • 結び…滅びゆかんとしている魂を、主が救い出して下さるよう、祈ります。

 

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