Posted on 02/26/2017 at 19:19, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『続・二人の証人(黙示録 その27)』(2017.2.26)

しかし、三日半の後、神から出たいのちの息が、彼らにはいり、彼らが足で立ち上がったので、それを見ていた人々は非常な恐怖に襲われた。(ヨハネ黙示録11章11節)

  • はじめに…朝、出勤するとき、いつも夜が明け染める空を見上げます。ここ数日、天気が良いので、美しい月を見て、主の創造の御業と、歴史に想いを馳せています。そして今日は“新月”、すなわち月が見えない日です。ユダヤの暦は、月の第1日目は、この新月から始まりますから、今日から新しい月(アダル)になる訳です。すると、あと2回、満月を迎えた次の主日が“イースター”です。主イエス様の復活を記念する日です。ちなみにアダルの月には“プリム祭”があります。
  • 祭司の務めをまっとうする力…さて、今日は黙示録11章のみことばの後半です。先主日は、二本のオリーブの木、二つの燭台が意味するところを学びました。すなわち、二人の証人は、祭司・預言者としての働きを担う者であって、その働きは自力では出来ず、無限の聖霊の油注ぎによって、働きをまっとうする力が与えられるということでした。参照聖句は、ゼカリヤ書4章6節「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」でした。聖霊の力を受けて二人の証人は、その1260日間(すなわち3年半)の務めをまっとうしました。
  • 敗北のように見えても…しかし、その結末は、「底知れぬ所から上って来る獣が、彼らと戦って勝ち、彼らを殺す」(黙示録11章7節)と、耳を疑いたくなることが書かれています。主の証し人には苦難があります。そして完全に敗北としか言えない状況もあります。けれども、そのただ中に活ける主イエス様がともにおられます。
  • 主の霊によって生きる…毎朝、祈りと深呼吸をしてから仕事に取り掛かるようにしています。祈りは霊の呼吸ですし、深呼吸は肉体を維持する呼吸です。呼吸しなければ私たちは生きられません。しかも吸ってばかりではなく、また吐いてばかりでもありません。その呼気と吸気が入れ替わる瞬間、私たちは小さな“死”を体験しています。その死を超越する力は、私たち自身の中にあるのではなく、一方的な創造主の恵みとあわれみにあります。そしてそれは聖霊の働きです。
  • 結び…聖霊によってみごもり、聖霊を受けてこの世で福音を語られ、生きられ、そして今も活きておられる主が、皆さんと共におられます。

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