Posted on 06/19/2017 at 19:37, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『新しい歌を歌う』(黙示録 その30)(2017.6.18)

 

彼らは、御座の前と、四つの生き物および長老たちの前とで、新しい歌を歌った。しかし地上から贖われた十四万四千人のほかには、だれもこの歌を学ぶことができなかった。(ヨハネ黙示録14章3節)

 

  • はじめに…先週、思いがけず良い知らせが来ました。私の青年時代からの友人からの婚約の知らせでした。この知らせを聞いた瞬間、五十肩の痛みも、どこかへ吹っ飛んで行きました。
  • 慰めの章…12章、13章では、サタンと二匹の獣、すなわちこの世の政治勢力(反キリスト)と偽宗教(偽預言者)による迫害の光景が記されており、14章に入ると、まったく別の光景に変わります。それは聖徒にとって大いに慰めと確信を得られるものとなっています。いつまでも続くか想像もつかない患難の中で、一条の光明が差し込んで来ます。これは現在の日本、そして世界の政治経済の先が見えない不透明な未来に対しても、悲観することなく希望を持って生きられるメッセージでもあります。「ひとりの御使いが(…)永遠の福音を携えていた」(黙示録14章6節)と使徒ヨハネは告げています。目に見える現実がどんなに不安定であっても、徐々に悪化の一途をたどっていたとしても、福音、すなわち主の“良きおとずれ”は永遠に変わらないのです。
  • 額のしるし…今日のテキストで「贖われた十四万四千人」の聖徒が“新しい歌”を歌ったわけですが、贖いの証明は、その額に押されたしるし(印)でした。『顔ニモマケズ』(水野敬也著)という本があります。病気の症状が顔に出た9人に対するインタビュー形式で書かれてあるものですが、それぞれが「見た目」と折り合いをつけながら、充実した幸いな人生を歩んでいることが書かれています。皆さんそれぞれに共通することは、外に出ること、居場所を見つけること、夢中になれるものを見つける、悩みは「自分のためになるもの」ととらえることで乗り越えられる等々、です。その変えることのできない現実のなかで、それぞれ大切な“出会い”が与えられています。みことばなら「求め続けよ、探し続けよ、門をたたき続けよ」ということでしょう。患難のなかで生き続けるとき、必ず救いの扉が開かれます。
  • 結び…キリスト者として感謝と喜びと希望を持って“人生讃歌”を歌いながら、この一週間、主の栄光を現わす皆さん一人ひとりであるよう、祈ります。

You can follow any follow up comments to this entry through the RSS 2.0 feed.

アーカイブ ログイン お問い合わせ