Posted on 08/02/2020 at 18:03, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『上にあるもの』(イエス・キリストの生涯 その119)(2020.8.2)

こういうわけで、あなたがたはキリストとともによみがえらされたのなら、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。上にあるものを思いなさい。地にあるものを思ってはなりません。(コロサイ人への手紙3章1-2節)

  • はじめに…先週、図書館で本を借りて来て読んでいるとお話しました。その内の1冊クローニン著『天国の鍵』を読み終えました。自らの今日までの牧会の歩みと重ね合わせながら読み進めました。主人公の牧者としての在り方(キリスト教の形骸化した、あるいは律法化した教理に囚われない生き方など)に共感する部分が多くありました。
  • 上にあるものを思う…今日のテキストはコロサイ人への手紙3章です。パウロの書簡の特徴は、前半は教理について、後半は実践についての内容が記されていることです。3章からは実践部分になります。その冒頭部分で「上にあるものを求めなさい」「上にあるものを思いなさい」とパウロは勧めています。
  • 人間…ところで“人間”はギリシア語で“アンスローポス”です。語意は“上に顔を向ける者”という意味です。人間的な視点から言えば、目標を目指し、理想を追求し、希望を抱く者と言ってもいいでしょう。ところが、最初の人間、エバとアダムは、蛇(サタン)の誘惑のことばによって、食べてならいと聞かされていた目の前に麗しく実っていた善悪の知識の木の果実を取って食べました(創世記3章)。「もっと賢くなりたい」「神(の子)のようになりたい」という高い目標、理想、そして希望を、強引に自らの手元へ引き寄せ、貪欲、野望に変質してしまったのです。目標、理想、希望は奪うものではなく求めるものであって、叶うものなのです。与えられ、見出され、開かれるものです。
  • あわれみの主…そんな自己中心で自分勝手な人間に対して、創造主は決して諦めません。探し求めて御声をかけてくださいます。「あなたはどこにいるのか」(創世記3章9節)と。そして罪、咎、過ちを隠そうとする私たちに対して、強引にはぎ取って公に晒(さら)すのではなく、反対に“皮の衣”を着せてくださり、生かしてくださる方です(同21節)。皮の衣は、十字架で肉を裂かれ、血を流された贖い主イエス様の予表です。その主が天から降って来られ、「あなたはどこにいるのか」と御声をかけ、懐(ふところ)に招いておられます。上にあるもの、それは尽きることのない主の愛です。
  • 結び…私たちに対する愛ゆえに十字架に掛かられ、救いの御業を成就してくださった主に、栄光がありますように。

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