Posted on 05/27/2018 at 21:21, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『過越の祭と五旬節』(イエス・キリストの生涯 その20)(2018.5.27)

主日礼拝メッセージ要約『過越の祭と五旬節』(イエス・キリストの生涯 その20)(2018.5.27)

写真=麦穂と2つのパン

五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。(使徒の働き2章1節)

  • はじめに…先週は、五旬節の祭の時に起きた聖霊降臨を覚え、また二人の少年のバプテスマ式も行われ、感謝に溢れる礼拝でした。ところでイスラエル建国記念日(1948年5月14日)は、この五旬節の頃です。昨年12月6日にアメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、今年、イスラエル建国70周年となる建国記念日に合わせ、アメリカ大使館をエルサレムに移転しました。この動きに反対するパレスチナの人々に対して、イスラエル軍は攻撃をし、3千人超の負傷者と百人超の死者が出ています。両者の平和は何処に。武力は破壊を、愛の力は平和をつくります。五旬節の日、弟子たちは一つ所に集まって祈っていました。そのように私たちも平和という一つ所に集められることを願います。
  • 祭りの捧げもの…五旬節には、パン種を入れて焼いたパン2個を捧げるように定められています(レビ23章17節)。パン種は罪を表わします。パンを焼くために火の力を使います。パン種を入れて焼く、ということは、罪を完全に焼き尽くすということです。そして、その力は主の贖いの愛の力です。つまり十字架の力です。
  • 2個のパン…“2”という数字は、「あなたと私」「夫と妻」「親と子」というような愛の関係を表わします。ここでは罪を持っているユダヤ人と異邦人を表わしています。エレミヤは、神の背いた生き方をしているイスラエルの民に、バビロン捕囚を預言しました。それと同時に70年後には解放され、神が新しい契約を結ばれることも語りました。この契約は、イエス様の十字架の贖いの愛の力により、イスラエルの民だけでなく異邦人のものともなりました。その贖いの愛の力によりユダヤ人と異邦人の隔ての壁が壊されました(エペソ2章14-16節)
  • ひとつになって…隔ての壁を壊されたお互いは、聖霊によってひとつにされます。父なる神、御子イエス様、聖霊は、愛によってひとつであるように、私たちも愛によってひとつとされるのです。国、民族、人種等々の壁さえも壊され、共に生き、共に泣き、共に喜ぶ者へと、愛の力は変えてくれます。
  • 結び…過越の祭は、五旬節の祭で完了します。主の十字架の贖いの愛の力が、聖霊によって一人ひとりに満たされますように。そして平和という一つ所に集められますように。
Posted on 05/20/2018 at 21:54, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『聖霊降臨』(イエス・キリストの生涯 その19)(2018.5.20)

 

五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。(使徒の働き2章1-11節)

  • はじめに…今日は、天の父なる神が「もうひとりの助け主、聖霊を送る」と約束された聖霊の降臨を感謝し、記念する日(五旬節)です。イエス様の生涯において、父なる神の愛を注ぎ、歩みを導かれた聖霊が、この日、弟子たち一人ひとりに降られ、内住されました。それは、いにしえからの父なる神のご計画であり、愛でした。そして今も聖霊は、一人ひとりに内住して下さっています。
  • 五旬節…五旬節は、過越の祭の二日目の朝から数えて50日目に行う祭です。聖書では「収穫の祭」(出エジプト23章16節)、「七週の祭」(同34章22節、申命記16章10節)と呼ばれています。また50日目を意味するペンテコステ(ギリシヤ語)、五旬節、シャブオット(ヘブル語)と呼ばれています。この祭は、モーセが十戒を付与されたことを記念する日としても知られています。出エジプトしたイスラエルの民が紅海を渡って50日目に、シナイ山でモーセは神から十戒を与えられました(出エジプト19、20章参照)。石の板に主の指によって書かれた律法、これはイエス様が復活され50日後の聖霊降臨の予表です。
  • 約束の時…イエス様は、弟子たちと過越の祭の食事をしている時、「もうひとりの助け主を送る」、また復活後、昇天される時に「都にとどまって父の約束を待ちなさい」と言われました。「五旬節の日になって…」の“なって”は「時が満ちて」という意味です。イエス様が復活されて50日目、時が満ち、助け主なる聖霊が降臨されました。モーセが律法を付与されて1500年後の出来事であり、父なる神の愛の計画が成されました。
  • 私たちの内に住まわれる…父なる神は、いつも私たちの中にいることを願っておられます(出エジプト25章8節)。人となって来られたイエス様は、いつも私たちの間に住まわれました(ヨハネ1章14節)。聖霊は私たちの内に住まわれる(同14章17節)ために降臨されました。「あなたの中に住まう」「あなたと共にいる」という父なる神の愛は、イエス様の降誕、聖霊の降臨によって確かなものとされました。
  • 結び…今日の記念すべき日に、バプテスマを受けるJ君、K君の内に聖霊が住まわれ、父なる神、イエス様の愛が満ちますよう祈ります。
Posted on 05/20/2018 at 00:07, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『少年イエス様の成長』(イエス・キリストの生涯 その18)(2018.5.13)

 

 幼子は成長し、強くなり、知恵に満ちて行った。神の恵みがその上にあった。(…)イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人とに愛された。(ルカによる福音書2章40、52節)

 

  • はじめに…今日は、お母さんに対して感謝の心を表わす“母の日”です。親はわが子をいつくしみ、その成長を見守ります。自分よりもまず子どものことを優先し、日々の営みに心を砕きます。イエス様の成長を見守るマリヤの思いは、母という役割を持っておられる方には想像できるのではないでしょうか。何より、独り子イエス様を地上に送られた父なる神の思い、また愛は、どれほどであったことでしょう。父なる神は独り子イエス様の成長を見守られたように、私たち一人ひとりを見守っておられます。
  • 神の恵みがその上にあった(2章40節)…イエス様は、成長し、霊は強くなり、知恵が満ちてきました(ルカ1章80節)。バランスの良い成長ぶりが分かります。「知恵が満ちて行った」という言葉は、継続を表わす言葉が使われています。つまり身体の成長に比例して霊も知恵も増して行ったということです。宮で質問に答えるイエス様の知恵に周囲の人々が驚くという場面があります(ルカ2章47節)。父なる神の恵み、それは独り子イエス様への寵愛です。片時も視線をそらさず、聖霊に思いを託し、見守っておられる姿を知ることができます。寵愛が強ければ強いほど、霊も強くなって行ったのです。そのような愛を体験したからこそイエス様も人を愛して下さるのです。
  • 置かれた場所で(ルカ2章51、52節)…12歳になったイエス様は、ユダヤ人の慣習にならい、父ヨセフの仕事(そして天の父なる神の仕事も)を学び始めらました。過越の祭の後、ナザレに帰ったイエス様は、両親に仕えます。30歳で公生涯に入られるまでのおよそ18年間、そこで暮らしました。イエス様は神と人とに愛された、とルカは証ししています。イエス様は聖霊に助けられ(導かれ)ながら、家の仕事をし、また家族を大切にしていたことでしょう。父なる神を意識し、聖霊に導かれながら自分の置かれた場所で、自分にできることをする、それがイエス様の歩みです。
  • 結び…原罪を持たない人として誕生されたイエス様。その成長のあり方は、天の父なる神の御心です。
Posted on 05/06/2018 at 20:50, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『少年イエス』(イエス・キリストの生涯 その17)(2018.5.6)

 

イエスが十二歳になられたときも、両親は祭りの慣習に従って都へ上り、

(…)するとイエスは両親に言われた。「どうしてわたしをお捜しになったのですか。わたしが必ず自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか。」(ルカによる福音書2章42、49節)

 

  • はじめに…ヘロデ王から逃れてエジプトへ行ったイエス様家族。ヘロデ王の死後、御使いの言葉により、ナザレへ。そこで暮らしイエス様は12歳に。両親と共に過越の祭に行き、そこで起きた出来事は、イエス様の歩みを示唆する出来事となりました。
  • 過越の祭…ユダヤの三大祭のひとつ。かつてエジプトで苦役の中にいるイスラエルの民の叫びを聞かれた主は、モーセを立て、エジプトから救出して下さいました。ほふった羊の血が、かもいと2本の門柱に塗られている家は災いは過ぎ越す、と言われた主の約束が成り、この事が出エジプトの始まりとなりました(出エジプト12章23節)。ユダヤ人にとっては、エジプトから救い出して下さった主の愛を思い、感謝する大切な祭です。そして、これはイエス様の十字架の贖いの死の予表です。
  • 仕事始め…ユダヤでは、男子は12歳になると父親の仕事を学び始めます。さて、祭から帰路についた両親は、イエス様がいないことに気づき、エルサレムに戻ります。神殿にいたイエス様を見つけ、いさめます。しかしイエス様は「私が自分の父の家にいることをご存知なかったのですか」と返答(ルカ2章49節)。英語では「Father’s business」と訳されています。イエス様は、ユダヤの習慣に従い、父親の仕事を学び始めると同時に、天の父なる神の仕事も学び始められたのです。
  • 過越の祭、父の仕事、3日後…イエス様を捜していた両親は、3日後に神殿にいる(父の仕事をする)イエス様を見つけます。イエス様にとって、父の仕事を受け継ぎ、全うすることは、人類の贖いのための十字架です。そして3日後によみがえらされることによって、さらに父なる神の愛の計画が現わされました。エジプトからイスラエルの民を救出された父なる神は、罪と死に縛られている私たちを贖い救出するために、イエス様を与えて下さいました。
  • 結び…父なる神は語られます。「わざわいではなく平安、将来と希望。だからわたしを呼び求めて歩きなさい」(エレミヤ29章11-12節)と。
Posted on 04/29/2018 at 21:14, by matsumoto

『誕生後の出来事④』主日礼拝メッセージ要約(イエス・キリストの生涯 その16)(2018.4.29)

 

彼らが帰って行ったとき、見よ、主の使いが夢でヨセフに現われて言った。「立って、幼子とその母を連れ、エジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を捜し出して殺そうとしています。」

(マタイによる福音書2章13節)

 

  • はじめに…「ユダヤ人の王」の誕生を示す星を目当てに、遥かペルシヤよりやって来た博士たち。そしてついにベツレヘムにおられるイエス様に会い、そして礼拝しました。彼らは異邦人として、最初にイエス様を礼拝した人となりました。父なる神は、すべての人がイエス様によって生きる者となるよう、計画しておられます。

 

  • ヘロデ王…ヘロデは、王になるためにユダヤ教に改宗しました。ヘロデは自分の考えを実現するためには手段を選びませんでした。親族を殺し、2歳以下の男子の初子までも殺すよう、命令したのです(マタイ2章16節参照)。自分の権威を振るい、自己中心に生きてきたヘロデの心中は、常に不安と孤独が渦巻き、暗闇に覆われていたことの証しです。暗闇は、安心や喜びへの道しるべをかき消してしまうのです。

 

  • 主のことばに導かれて…夢に現れた御使いのことばに従い、エジプトへ逃れたイエス様と両親。その後、ヘロデ王の死を知らせる御使いのことばによりナザレへ(マタイ2章13-15節)。これはすべて父なる神のご計画であり、「いのちを得るため、生きる者となるため」の道しるべでした(同23節)。イエス様は、すべての人の救い主であることを成就するために降誕されましたが、その歩みは常に困難なものでした。

 

  • 結び…困難を体験されたからこそ、私たちの困難を分かって下さいます。そしてイエスご自身が私たちの人生の“道しるべ”となって下さいます。元気を失い、疲れ果ててしまわないように、イエス様を見ます(ヘブル12章2-3節)

 

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