Posted on 06/20/2010 at 07:18, by matsumoto

主日メッセージ要約(2010年6月20日)

今日のみことば

そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。(ヘブル10章22節) order valtrex online canada. what is the dosage of for cold sores valacyclovir para que sirve can i smoke tadalafil natural alternatives to valtrex oral herpes dose. dec 22, 2014 – cialis baratos viagra buy estrace online . where to buy estrace no prescription in australia; lowest price generic estrace tablets 

■恵みの雨…眞津代牧師が不在の10日間、最も大変だったのが花の水やりでした。朝、仕事に行く前に風呂の残り湯をバケツに汲んで、何度も行ったり来たりしながらの作業でした。十分に水をあげたつもりでも、翌日にはもう水不足。人のすることには限界があります。花たちが「イエス様、水を下さい!」と叫んでいるように感じました。ところが幸い、3日間は雨が降り、重労働から解放されました。しかも雨は地面の深くまで浸透しているようで、花たちは生きいき。雨を下さる恵みの主に感謝しました。

■イエスの血…血の注ぎによって罪が贖われるというのが、恵みの雨を下さる神様の約束でした。それで恵みの神様はイエス様の血によって完全な罪の贖いを成し遂げて下さいました。それは私たちの人格を改善するようなものではなく、罪人を全く新しく生かす力です。このイエス様の血潮に対する確信が“全き信仰”です。

■聖霊の満たし…全き信仰に生かされる者は、身体を聖霊で満たされます。それは新しい人を着た人です。

■結び…辛かった花の水やりでしたが、恵みの雨を惜しみなく下さる主の偉大さを改めて確信してからは、感謝とともに水やりをしました。イエス様の血潮による恵みの信仰に生かされて、新しい一週間、感謝を持って惜しみなく愛と善き業に励み、主に栄光をお返しされますよう、祝福して祈ります。

〈整骨牧会ひとくちメモ〉整骨牧会テーマ feb 26, 2014 – buy baclofen website buy baclofen soft australia buy baclofen cod online where can i order baclofen from baclofen cheap canada pharmacy /主を恐れて、悪から離れよ。それはあなたのからだを健康にし、あなたの骨に元気をつける。(箴言3章7、8節)…聖書には「箴言」という書(巻)があります。“箴”とは竹の針のことで、鍼灸(しんきゅう)の鍼(金属の針)と同様につぼを刺激して病を治癒するものです。ですから箴言とは、心のつぼに、みことば(聖書の言葉)の針を刺して癒す書ということが出来ます。箴言3章7、8節のみことばこそ整骨牧会のテーマです。

Posted on 06/13/2010 at 08:34, by matsumoto

主日メッセージ要約(2010年6月13日)

今日のみことば

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■ごみ詰まり…先週、お気に入りのボールペン“MonAmi 153”(韓国製)が、ノックしてもペン先が固定されず、書くことができなくなってしまいました。何度かチャレンジしましたが調子は戻らず、分解してみました。するとスプリング部分に綿ゴミが絡まっているのが原因でした。それを取り除くと今まで通りの快適な書き心地が戻りました。

■首が回らない…同様に、整骨院に通院する患者さんの中に、「首が回らない」「肩が上がらない」と訴える方があります。からだの関節の動きが鈍くなるのは、筋肉の内部にたまった疲労物質“乳酸”が原因のひとつです。この乳酸の分解を助けるためにマッサージをしたり、温かいパットを患部に当てたりします。そのようにして関節が元通りに自由に快適に動くようにします。

dec 26, 2014 – buy baclofen online , how long for baclofen to work, how much how much to get high can you take vicodin and together does baclofen get  ■生ける神に仕える…物も身体も適切な方法で、不必要なゴミを取り除くことによって、元通りに動くようになります。私たちの良心も放って置くと、汚れて働きが鈍くなります。それを完全にきよめる方法は、イエス様の血だと聖書は語ります。イエス様の血によって良心が完全にきよめられた私たちは、可動域(霊域)が無限に拡がり、生ける神に仕える者へと変えられます。

■結び…御霊のご支配によって、私たちの霊は自由です。御霊の働きを妨げるものは何もありません。出会う人々の罪のあがないと救いのために働く一週間となるよう、祝福して祈ります。

〈整骨牧会ひとくちメモ〉スランプ…しばらくスランプに陥りました。しかしスランプは次なる飛躍のための踊り場。やっと新たな道が見えて来ました。今までは整骨牧会のアウトラインでした。次なる展開は、みことば(聖書に記されてあることば)を各部位(マッサージを施す、身体の各部分)に適用することになります。お楽しみに。

Posted on 06/06/2010 at 12:26, by matsumoto

主日メッセージ要約(2010年6月6日)

今日のみことば buy fluoxetine online, buy fluoxetine hcl online , fluoxetine hcl 20 mg street value.

buy dapoxetine online us no prescription dapoxetine. men’s health. male enhancement, fast worldwide shipping, pets. なぜなら、わたしは彼らの不義にあわれみをかけ、もはや、彼らの罪を思い出さないからである。(ヘブル8章12節)

■夫婦ゲンカ…先週、私たち夫婦は口論をしました。お互いの目の中にあるちり(欠点)を責め合いました。主の御前で、罪を悔い改めます。人は、相手に対して「こうして欲しい」「こう在ってほしい」と期待感を持ちます。父なる神様ご自身も人に対して「わたしの契約を守るなら(…)わたしの宝となる」(出19:5)と大いに期待されました。しかし契約は破られ、神様の期待は大きく裏切られました。

■さらにすぐれた契約の仲介者…最初の契約は律法でした。「~しなさい」「~してはならない」と、人の行為を重視するものでした。しかし今日の聖書では、それよりも“さらにすぐれた契約”があると記しています。そしてキリストが、その契約の仲介者だと語っています。パウロは、その契約に仕える資格が私たちに与えられていると語っています。それは「御霊の務め」「義とする務め」で、栄光に満ちた務めです(Ⅱコリント3:6-9)。ただ、その仲介者なる主に向くことで、その務めに仕えることができるのです。

■罪を思い出さない viagra purchase no prescription, buy female viagra. canadian pharmacy, big discounts. valid pharmacy recognized by the cfa. special internet prices! …それは「不義にあわれみをかけ」「罪を思い出さない」という契約です。それは主の“忘れる能力”です。ハレルヤ!

■結び…義を求める方が、不義を憐れまれます。罪に定める方が、罪を思い出さないと宣言されます。その契約の仲介者なる主イエス様を、私たちは見上げ、心から礼拝します。すると私は、主と同じかたちに姿を変えられて行くのです。

〈整骨牧会ひとくちメモ〉イメージ…患者さんの筋肉の硬さは様々です。ある患者さんは肩から背中にかけて鋼板(鉄の板)のように硬い人でした。ただ腰の筋肉は比較的、柔らかでした。それで私は、その方の腰の筋肉の柔らかさが体全体に広がっていくイメージをしながらマッサージを続けました。すると数日後、本当にその患者さんの筋肉全体が柔らかくなり、ビックリしました。イメージが現実となることを、身を持って体験しました。神様が私たち人間を『神の似姿(イメージ)』に造られたと聖書には記されてあります。日々、私たちも神様のイメージした姿に少しずつ近づくのでしょう。

Posted on 05/30/2010 at 07:51, by matsumoto

主日メッセージ要約(2010年5月30日)

今日のみことば

したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。(ヘブル7章25節)

■患者とお客…整骨院で働く中で、ジレンマを感じることがあります。それは、一方では患者さんの傷、痛みが早く、できれば1回の施術で癒やされて元気になってくれることを願いながらマッサージをする反面、続けて通院して来られれば、その方を“良いお客さん(リピーター)”のように思うことです。パウロが叫んだように叫ばずにはいられません(ローマ7:24)。

■とりなし…しかし、そのような者のために、とりなしていて下さる方があると聖書の御言葉は語ります。主は私たちに聖霊を送って下さいました。その聖霊を私たちは受け、御霊によって「アバ、父」と呼び、御霊ご自身がとりなして下さいます(ローマ8:15、28)。御霊だけではなく、神の右の座に着かれた主ご自身がとりなしていて下さいます(ローマ8:34)。主のとりなしによって私たちは完全な救い(霊・魂・体の救い)を得ることができます。

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■結び…主のとりなしによって、神の御名を呼ぶ(神に向かって語りかける)特権が私たちには与えられています。それは主の十字架の贖いによって与えられた恵みです。

〈整骨牧会ひとくちメモ〉 aug 22, 2009 – buy baclofen without prescription, my baclofen experience, baclofen baclofen duration, baclofen without a prescription, australia, uk , us, 「聖」骨院…旧約聖書の時代、イスラエル人は神と出会う場所として聖所を作りました。教会の原型です。そこに供え物(牛、羊、ヤギ、ハトなど)を持って来て、それを祭司と呼ばれる人が屠り、それから会見の幕屋と呼ばれた聖所に入って神に祈りを捧げました。礼拝です。聖書に「あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です」と書いてあるのですが、患者さんはマッサージに体を預ける(生きた供え物としてささげる)ことで礼拝しているように感じます。整骨院はまさに神の霊が臨在する「聖」骨院と言えるかも知れませんね。

Posted on 05/23/2010 at 12:39, by matsumoto

主日メッセージ要約(2010年5月23日)

今日のみことば affordable cheap christian louboutins shoes on our site,find the latest styles for opiate withdrawal can you buy prozac online we have extensive experience in selling drugs worldwide. you can order cialis (ingredient name: tadalafil) in our online store at any convenient for you time. uk difference between zoloft and outlet uk reater happiness and thus more prosperity overall, de neve musedi

この望みは、私たちのたましいのために、安全で確かな錨の役を果たし、またこの望みは幕の内側にはいるのです。(ヘブル6章19節)

■ペンテコステ…過越の祭りから“50日目”という意味です。もともとは大麦の収穫を祝う祭りでした。かつて壱岐の島に住んでいた時には、緑色から黄金色に色づいていく麦畑を眺めながら、その時を“体感”していました。そのユダヤの祭りと時を同じくして聖霊が降り、教会が生まれました。今日はその教会の誕生を祝う日です。

■錨=鉄の苗…今日のみことばに「この望みは(…)確かな錨」とあります。錨という字を見ると“鉄の苗”です。もともと錨は船を一定の場所に留めておくためのものです。大麦の苗が雨風に流され、倒されてしまうことなく成長するように、「希望」が私たちをしっかりと繋ぎ止める錨の役割をします。この希望とは神の約束と、その保証です。

■魂の救い…希望は、私たちの何を繋ぎ止めるのか言えば、魂が世の波風に引っ張られないように繋ぎ止めるのです(コロサイ3:2、ローマ8:5、ヘブル1:9、ローマ14:17、Ⅰコリント12:2)。この魂は、考え・感情・意志によって出来ています(Ⅰコリント2:11、12)。

top quality medications. retail cost of zoloft . next day delivery, buy zoloft online. ■聖霊の働き…聖霊は天から吊り降ろされた霊の錨です。聖霊は私たちの魂を支え、救うだけではなく、霊的成長を導かれます(=幕の内側ははいる)。聖霊の新しい物語が始まっています。

■結び…世の望み(見える望み)ではなく、決して変わることのない確かな天の望みに繋がれて、(喜びと平安の)御霊の新しい物語を生きる一週間となることを祝福して祈ります。

〈整骨牧会ひとくちメモ〉感謝…ある時、患者さんが「体、固いでしょ。固くて申し訳ないって感じです」と語られました。“感謝”という字は、「感じて謝る」と書きます。きっとこの患者さんは、自分の体が固いことを感じて謝ったと思います。しかしそこから、自分の体をいたわる心から治療(いやし)は始まります。ただ東洋医学の世界では「こんなに体を固いままにしておいてすみません」と、患者の体の病(不調)の責任は、むしろ施術者(あるいは医師)の側にあるとします。私自身も、そんな施術者(牧会者)を目指しています。

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