Posted on 09/08/2019 at 17:02, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『主の愛に包まれたひとりの人間として』(イエス・キリストの生涯 その77)(2019.9.8)

するとペテロは彼を起こして、「お立ちなさい。私もひとりの人間です。」と言った。(使徒の働き10章26節)

  • はじめに…先月NHKスペシャル(BSプレミアム)で放映されたブルースリーに関する番組の中で、ブルースリーがインタビューを受けるシーンがありました。「あなたは中国人? それともアメリカ人?」と聞かれ「自分は人間だ。偉そうに語るつもりはないが、天の下、人類はひとつの家族だ」と答え、その言葉がとても印象深く残っています。
  • レッテルを貼る…私たちは「あの人はああいう人だ」「この人はこういう人だ」などと断定的に評価し、一方的に整理分類してしまいがちです。一旦、そのようにレッテルを貼ると、なかなかそれを剥がすことができなくなります。人や世界を観る目が固定してしまいます。ですから別の視点(視座)を持つ必要があります。
  • 出会い…今日のテキストは、ペテロとコルネリオの出会いです。ペテロはヨッパに、コルネリオはカイザリヤにいました(約50㎞、春日井―郡上間の距離)。それぞれが祈る中で、御使いが二人に幻を見せ、出会いを導かれ思いがけない出会いを体験することになったのです。その出会いでペテロは幻の霊的な意味を悟り、異邦人への福音の門が開かれたのです。異邦人に対する偏見、差別意識が打ち砕かれたのです。
  • 生活の場で…ペテロとコルネリオの出会いと同様に、日々の暮らしの場において思いがけない出会いがあります。その出会いを通して主は、私たち一人ひとりをかけがえのない存在として分け隔てなく大切に接し、ケアし、それぞれを霊的に成長させてくださり、喜びと平安で満たしてくださいます。
  • 結び…世界は悲しみと不安で満ちています。偏見や差別が満ちています。しかし、その悲しみと不安な思いを主が顧みてくださり、出会いを与えてくださり、私たちの内側に永遠の落ち着き場所を備え、喜びと平安で満たしてくださいます。イエス様は、私たち一人ひとりを、かけがえのない大切な人として地上生涯の最期まで、そして御国において永遠に、主の愛で包んでケアしてくださいます。
Posted on 09/01/2019 at 19:29, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『新しい人になる』(イエス・キリストの生涯 その76)(2019.9.1)

彼は地に倒れて、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。」という声を聞いた。彼が、「主よ。あなたはどなたですか。」と言うと、お答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」(使徒の働き9章4-5節)

  • サウロという人…ステパノが石打ちの刑に処せられている時、サウロはそこにいました。サウロはヘブル語で、ラテン語ではパウロといいます。父親は天幕作りの職人でそれを習っていたようですが、とても頭の良い人でした。聖書の暗記大会ではいつも一位を取るほどで律法を忠実に守って生きていました。そのため“その道の者”(使徒9章3節)と呼ばれるキリスト者を迫害することにも熱心でした。
  • ダマスコ途上…頭の良いサウロはキリスト者が大勢集まっているダマスコ(現在のシリア)に行き、その道の人々を捕えようとして出かけます。その途上で復活の主イエス様が彼に現われました。「サウロ」とイエス様は呼びかけられます。
  • 新しい人となったサウロ…目が見えなくなったサウロは三日間、飲まず食わずで過ごしました。サウロは三日間、今まで律法主義になり真理を見ることができなかった自分自身、つまり古い人との決別の時をイエス様は与えられました。そしてアナニヤを通して再び目が見えるようになった時、サウロは新しい人に生まれ変わりました。イエス様は私たちの罪を贖うために十字架にかかられました。そして三日目に復活されるまでの間、よみに下り、すべての暗闇、罪と戦い勝利されました。サウロは聖霊に満たされ、主イエス様の十字架と復活、そしてイエス様は救い主であることを宣教する人へと造り変えられました。
  • 結び…サウロは目が見えなくなった三日間、恐怖と不安の中にいたかも知れません。何もすることができない全くのお手上げ状態、無力さの極みです。そのどん底にイエス様は御手を差し伸べて下さり、解放と平安を受ける新しい人として造り変えて下さいました。私たちをとりまく問題は、無遠慮に私たちの目や心に押し入ってきます。そのような時、私たちは目を閉じ両手を広げて問題を手放しましょう。その時、イエス様は微笑んで私たちを包み新しい人として抱いて下さいます。
Posted on 08/25/2019 at 09:03, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『散らされた地で“隣人愛”に生きる』(イエス・キリストの生涯 その75)(2019.8.25)

サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。/敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のために非常に悲しんだ。/サウロは教会を荒らし、家々にはいって、男も女も引きずり出し、次々に牢に入れた。/他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。/ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。/群衆はピリポの話を聞き、その行なっていたしるしを見て、みなそろって、彼の語ることに耳を傾けた。/汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、大ぜいの中風の者や足のきかない者は直ったからである。/それでその町に大きな喜びが起こった。(使徒の働き8章1-8節)

  • はじめに…最近、韓国との関係がぎくしゃくしています。政治問題と歴史問題が絡み合い、経済、安全保障、そして民間の文化交流にまで暗い影を落としています。嫌韓、反日ムードをマスコミが煽り、拍車がかかっているようにみえます。日本と韓国だけの問題ではなく、世界中で国と国、民族と民族の間に亀裂が生じています。あるいは香港のように政府と民衆の対立があります。このような中で、私たちはどのように今を生きていけば良いのでしょうか?
  • 迫害のただ中で…教会内に生じた問題解決のために立てられた七人の信仰者の第一人者だったステパノの殺害に端を発し、教会に対する迫害が激しくなりました。その迫害を逃れるため、使徒たち以外の者は各地方へ散らされました。散らされた人たちは、ただ怯えるのではなく、みことばを伝えて各地を巡り歩いたのでした。風に吹かれて飛んでいったタンポポの種のように。
  • サマリヤに逃れたピリピ…そのうちの一人、ピリピはサマリヤへ下って行きました。当時、ユダヤ人はサマリヤ人を嫌い、避けていました。逆も真でサマリヤ人はユダヤ人に対して反感を抱いていました。ピリピは、そのサマリヤへ行き、イエス様のことを話して歩いたのです。話すだけではなく、賜物を用いて、一人ひとりと深く接しました(使徒8章5-7節)。福音書にはイエス様が、ユダヤ人が避けて遠回りしていたサマリヤの地に入り、しかもそこで出会った女性に話しかけたことが記されています(ヨハネ4章4-29節)。また律法学者に“隣人”とは誰かを問うために、たとえ話でサマリヤ人を取り上げています(ルカ10章25-37節)。その出来事や逸話が、サマリヤの人たちの間に知れ渡っていたのかも知れません。イエス様の生き様、愛に満ちたことばの先立ちによって、迫害によって散らされたピリピが異郷の地で受け入れられる下準備になっていたのでしょう。
  • 希望をもって隣人愛に生きる…ピリピは、不本意、不条理としか思えない場所、状況のなかにあっても、イエス様の愛の先立ちによって希望をもって語り、隣人に接しました。私たちもこの先どうなるか分からないような不穏な世界の雰囲気のなかにあっても、その雰囲気に呑み込まれることなく、イエス様の愛の先立ちによって確かな希望に包まれ、この地で臆することなく隣人愛に生きることができるでしょう。
  • 結び… ①マスコミ等の情報に惑わされることなく、イエス様に信頼して歩みましょう。②そして、すでにイエス様の愛で耕されている隣人と躊躇することなく、偏見なく関わっていきましょう。 今週、皆さんが置かれている場所で、出会う一人ひとりとイエス様の愛のなかで生き、主に栄光が帰されるよう祈ります。
Posted on 08/18/2019 at 14:54, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『平和と平安の祈り』(イエス・キリストの生涯 その74)(2019.8.18)

そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。(使徒の働き7章60節)

  • はじめに…原爆投下そして敗戦から74年。終止符のない痛みが続いています。被爆された方々や戦地に赴いた元兵士の方々の痛みと恐怖は、体験した人にしか分からないでしょう。それでも体験談は、聞く私の心に槍のように突き刺さります。戦争は命を奪い、人格を破壊する、愚かで無意味なことであるという事実と真実を、私は受けとります。そして、平和の君であるイエス様に一人ひとりの平和を願い祈ります。ステパノは直接イエス様と会ってはいませんが、弟子たちの話を聞いて、そして聖霊に満たされ、神がイスラエルの先祖たちにしてくださった事実と真実を語りました。そして命の灯が消える直前まで、人々のためにとりなしの祈りをささげました。
  • ステパノのメッセージ…アブラハムから始まり、神がどれほどイスラエル(ユダヤ人)を愛してこられたかを語ったステパノ(使徒7章1-50節)。しかしそれを聞いた人々は「はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしり」しました(同54節)。聞いている人々にとっては先祖から言い伝えられている事実でしたが、その事実から目をそらし真実を見抜くことができませんでした。
  • それでもなお…ステパノは、それでもなお力強く神のなされたことを語りました。かたくなな心の人々は、ステパノを石打ちによって殺そうとします。それでもなおステパノは「主よ。この罪を彼らに負わせないでください」(同60節)と祈り、眠りにつきました。
  • 結び…今、日本は戦争中ではないのに多くの人が命を失い、また人格が傷ついている人が多くいます。人々は不安にかられ、自分を守ることで精一杯の状態です。それでもなお私たちは、主を求めてより頼み、人々の平和と平安を祈ります。主は“平和の君”ですから。
Posted on 08/11/2019 at 19:34, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『適材適所』(イエス・キリストの生涯 その73)(2019.8.11)

そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。(使徒の働き6章3節)

  • はじめに…先週、先々週と賛美礼拝をささげました。意図した訳ではありませんでしたが、それぞれの礼拝の前に、音楽を中心にして活動している人の存在を知らされました。その一人はNHKこころの時代で「祈りの竪琴(たてごと)」という番組で紹介された、終末期の人に寄り添い、ハープや歌声を用いて看取る「音楽サナトロジスト」として活動しているアメリカ人宣教師のキャロル・サックさん。そしてもう一人は、孫の読書感想文の課題図書になっていた『いのちのヴァイオリン』の著者、ヴァイオリンドクターの中澤宗幸さん。東日本大震災で発生した津波の流木や倒壊した家屋の柱をヴァイオリンとして生まれ変わらせることで、東北の故郷の記憶や思い出を、音色として語り継いでいく活動「千の音色でつなぐ絆プロジェクト」を続けている方です。
  • 問題は成長の機会…本日のタイトルにもさせて頂きましが、人には「適材適所」というものがあります。その人がその人らしく居られる場、持ち味が発揮できる場があります。しかしその場は、いつも居心地が良いとは限りません。ときに問題や支障が発生します。多様な価値観を持った人が集まればなおさらです。しかしその都度必要な人が必要な時、必要な場に立てられ、その修復過程を通して、それぞれが成長し豊かになっていく良き機会になります。
  • みことばへの信頼…聖霊降臨の直後、アナニヤとサッピラの問題が起こりました。“霊的詐欺問題”です。しかしこの問題の後、神様に対する畏怖の念が人々のなかに生じました(使徒5章12節)。その後、使徒たちの働きにねたみを持った祭司たちによる迫害が起こりました(同16,17節)。そして今回、毎日の食事の配給に関する苦情が起こりました。しかし、その都度、解決の知恵が与えられ、みことばに対する信頼が増し加えられていきました(使徒6章7節)。知恵は祈りによって与えられ、みことばによって成就します。
  • 弱者・少数派シフト…使徒たちはイエス様のように父なる神に祈ったことでしょう。そして与えられた知恵をイエス様のように受け取り、語ったことでしょう。使徒たちの口から出た知恵のことばは愛と信頼に満ちたことばでした。「(あなたがたが)七人を選びなさい」そして選ばれた者は皆、ギリシヤ名を持った者でした。
  • 結び…主によって置かれた場所でそれぞれの持ち味が最大限発揮され、みことばへの信頼がますます深く広がっていくことを感謝します。
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