Posted on 01/16/2022 at 19:15, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『創始者であり、完成者』(イエス・キリストの生涯 その194)(2022.1.16)

だれが、これを成し遂げたのか。初めから代々の人々に呼びかけた者ではないか。わたし、主こそ初めであり、また終わりとともにある。わたしがそれだ。(イザヤ書41章4節) また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。(ヨハネ黙示録21章6節)

  • はじめに…昨日、オーストラリアの西に浮かぶ島国のトンガ沖で海底火山が大規模な噴火をして、津波がトンガに到達し、道路や建物が浸水するなどの被害があったようです。その津波は日本沿岸にも到達し、奄美市では1・2メートルの津波が観測されています。火山の噴火、地震、ハリケーン、大雪、そしてコロナ等々、自然の力の前で非力な人間の姿を見せつけられます。ところで明日17日は、27年前に阪神淡路大震災が発生した日です。ちょうどその時、私は西宮の親戚の家にいて地震に遭い、今でも「その時」(クロノス)のことをリアルに思い出します。同時に「その時」(カイロス)は私の人生にとってのターニングポイントになりました。私の生き方そのものを揺さぶられ、献身へと導かれたのです。
  • 初めであり終わり…イザヤ書41章は、バビロンに捕囚されたイスラエルの人々を含む、全世界の人々(島々、諸国の民)に向けて語られた預言です。「ひとりの者を起こす」(イザヤ書41章2節)と。この「ひとりの者」とは、後にイスラエルの民をバビロンから解放することとなったペルシャ王クロスです。その歴史的出来事を成し遂げたのは「わたし、主」だと。そしてその主こそ「初めであり、終わり」なのだと、みことばは語ります。つまり主は時=歴史をその最初(創造)から最後(終末)に至るまでつかさどる者、歴史の主宰者だというのです。この箇所は黙示録で引用されており、イエス様ご自身が最初であり、最後である者だと、ご自身のことを明らかにしています。
  • 解放そして礼拝…異邦人であるペルシャの王クロスを用いてイスラエルの民をバビロンから解放した主。何のために解放したのかというとエルサレムに主の宮を建てるためです(エズラ記1章2節)。つまり礼拝、賛美を通して主と民が交わりを持つためです。そしてエルサレムの宮での礼拝は、終末において時間的制約を超え、主と人との永遠の麗しい交流へと展開していきます。今日の礼拝が終末、すなわち新天新地における礼拝の先取りの礼拝です。
  • 結び…アルファ(創始者)でありオメガ(完成者)であるイエス様は、いつも私たちとともにおられるインマヌエルなるお方です。ハレルヤ! アーメン!
Posted on 01/10/2022 at 19:56, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『荒野の声(希望のメッセージ)』(イエス・キリストの生涯 その193)(2022.1.9)

荒野に呼ばわる者の声がする。「主の道を備えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ」(イザヤ書40章3節) この人は預言者イザヤによって、「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ』」と言われたその人である。(マタイ福音書3章3節)

  • はじめに…先週の木曜日、終日肩こりと頭痛がして体調不良でした。痛み止めの頓服を飲んでも効き目がありませんでした。無力さと心細さで弱り果てていました。その日は仕事を少し早めに切り上げて午後8時には就寝しました。ラジオを聴きながら横になっていたのですが、その時流れてきたのはショパンのピアノ曲でした。そのピアノの鍵盤を叩く音が、脳の中の疲弊した神経をほどよくマッサージしてくれるようで、徐々に頭痛と肩こり、そして心がほぐれていくようでした。音楽のいやし効果を実感しました。イザヤ書38-39章に記されているヒゼキヤの病のいやしの心境でした。以前、私は自身の目指す牧会をメッセージ(宣教)・ミュージック(賛美)・マッサージ(按手・手当て)の三つのМによる牧会“3М牧会”と称したことがありましたが、今回の頭痛のいやしの体験を通して改めて霊・魂・からだの全体にアプローチする牧会の大切さを確信させられました。
  • 第二イザヤ…今日のテキストのイザヤ書40章以降は、「第二イザヤ」と呼ばれている箇所です。ユダヤ人はエルサレム神殿(ソロモン神殿と第二神殿)の破壊を記念する日、ユダヤ暦のアブの月の9日に断食と哀歌の朗誦をします。それに続く安息日に、このイザヤ書40章を朗読します。冒頭「慰めよ。慰めよ。わたしの民を」(イザヤ書40章1節)と、“慰め”が二回繰り返されることによって、二回の神殿破壊の悲しみが主によって慰められるという約束、希望のみことばとして受け止められているのです。私たちキリスト者にとっては、私たちのアイデンティティ、人生の根幹が崩されるような悲しみに遭ったとき、イエス様がそのふところに抱き「今、悲しんでいる者は幸い。慰められるから」(マタイ福音書5章4節)と、信仰によって具体的にイエス様と人格的に交わり、慰めを受けられる祝福を頂いています。
  • 主の道を整えよ…「荒野に呼ばわる者の声」(イザヤ書40章3節)がして、「主の道を整えよ」(同)と。荒野という先の見えない困難な状況のただ中で、霊・魂・からだを救いの通路として調整するようにというメッセージです。
  • 結び…神のことばは永遠であり、慰めに満ちており、荒野を前にして二の足を踏む私たちに自由の翼を与え、力を与えてくださいます。感謝。
Posted on 12/26/2021 at 19:30, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『絶望から舌望へ』(イエス・キリストの生涯 その192)(2021.12.26)

弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせよ(イザヤ書35章3節)

 ですから、弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい(ヘブル人への手紙12章12節)

  • はじめに…いとすぎ教会の今年の10大ニュースは①牧会20周年のはじめを壱岐で迎える(1月)②リモート礼拝開始(2月)③フィリピン支援の一環で、支援する姉妹の引っ越しのため福岡へ(3月)④福岡からリモート礼拝行う(3月)⑤リモート礼拝で参加の姉妹が、祝祷のときに天から流れる水の音と人々(天使)の声を聞く(4月)⑥バラ園の社長(師匠)から香りの良いバラのブーケを頂く(5月)⑦DIYで裏庭の塀が完成する(8月)⑧“ミセス・オロナイン”と呼ばれていた、私たちの知人で恩人でもあった是枝律子姉が新型コロナウイルス感染症によって亡くなる(9月)⑨眞津代牧師、ローズコンシェルジュ資格取得(10月)⑩DIYのサイクルポート完成(11月)。コロナ禍(困難・不自由さ)の中にあって、出来ることを精一杯やり、前進しようとした一年だったと言えます。
  • よろめく膝…ところで、眞津代牧師は週2回ほど、バスに乗って買い物に出かけます。買い物をし終え荷物を持ってバスのステップを昇る時、脚がプルプルと震え、筋肉の衰えを実感するそうです。今日のテキストの背景として、イザヤ書ではアッシリヤの脅威、ヘブル書ではローマ帝国、そしてユダヤ教徒からの迫害があります。今日のみことばは、その脅威、迫害に遭っている人々に対しての励ましのメッセージです。
  • 目は開かれ、耳はあけられる…筋肉は年齢に関係なく、トレーニング(リハビリ)をすることで増やせることが知られています。ただ何の目標、目的もなくただトレーニングするのでは長続きせず、挫折してしまいます。霊的な筋力(信仰)も同様です。イザヤの口を通して主は明確に目的を示します。「神は来て、救われる」(イザヤ書35章4節)と。その救いのしるしは「目が開かれ、耳は開けられる」(同5節)ことだと。不思議なことですが、旧約聖書には、いくつものいやしの記事がありますが、視覚障害と聴覚障害がいやされたという記事は見当たらないのです。それは歴史上初めてイエス様によってなされたのです(マルコ7章32-35節、8章22-25節、ヨハネ9章1-7節参照)。イザヤのメシヤ到来の預言が成就したことの決定的なしるしとなったのです。
  • 結び…イエス様との出会いによって、すべての身体的なハンディと社会的なハンディ(=隔ての壁)はイエス様が取り除かれ、聖霊で満たされ、絶望は“舌望”に変わり、すべての被造物が主を賛美して生きるようになるのです。
Posted on 12/19/2021 at 16:26, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『使徒ヨハネとイエスの母マリヤ』(イエス・キリストの生涯 その191)(2021.12.19)

天の万象は朽ち果て、天は巻き物のように巻かれる。その万象は、枯れ落ちる。ぶどうの木から葉が枯れ落ちるように。いちじくの木から葉が枯れ落ちるように。(イザヤ書34章4節) 天は、巻き物が巻かれるように消えてなくなり、すべての山や島がその場所から移された。(黙示録6章14節)

  • はじめに…アドベント(待降節)の時を過ごしていますが本主日アドベント第四主日は「マリヤのキャンドル」です。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように」(ルカ1章38節)と、主のみこころを受け止めたマリヤの信仰による従順を象徴するキャンドルです。
  • エドム人ヘロデ大王…イエス様が誕生されたのはヘロデ大王(在位:紀元前37年-紀元前4年)の時でした(マタイ2章1節)。東方の博士たち(占星学者)が「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでなりますか(…)拝みにまいりました」(同2節)とのことばに狼狽(ろうばい)しました。なぜなら自分がユダヤ人の王として治めているにもかかわらず、“本物のユダヤ人の王”が生まれたと聞かされたからです。ヘロデ王の家系は純粋なユダヤ人ではなく「エドム人」の家系だったため、自身の地位が脅かされると恐れたのです。そしてベツレヘム近辺の二歳以下の男子の幼子を手あたり次第に殺害したのです。その間、マリヤとヨセフ、そして幼子イエス様の三人はエジプトへ避難しました。
  • マリヤの受難、慰め…結婚出産、養育、子離れ、そして看取り、死別。人の一生において様々なステージがあり、多少の程度の違いこそあれ、それぞれに困難、危機を体験します。嘘や誤解が一層、事柄を難しくします。マリヤは出産に際しては不貞を疑われ、イエス様の十字架の死を目の当たりにしました。事態に困惑し、絶望感に襲われます。しかし、聖霊様は狭い袋小路に迷い込んだり、深い穴に落ちたりする私たちを“熱心に捜し求め”て、慰め、真実を明らかにしてくださいます。イエス様が一匹の羊を大切にし、見つかるまで捜してくださるように、そしてマリヤに使徒ヨハネを養育者として置いて下さったように、すべてを整え、私たちを愛してくださっています。
  • 結び…天の万象(宇宙)が破滅するような事態が起こっても、聖霊様は私たちを捜し求め、主の創造してくださった世界を再び回復し、もつれたり、途切れたりした人間関係、主と人との関係を修復して、美しく、信頼と喜びの賛美に溢れた新天新地を用意してくださっている(イザヤ35章)ことを感謝します。
Posted on 12/12/2021 at 17:09, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『眠りの霊と聖霊』(イエス・キリストの生涯 その189)(2021.12.12)

主が、あなたがたの上に深い眠りの霊を注ぎ、あなたがたの目、預言者たちを閉じ、あなたがたの頭、先見者たちをおおわれたから。(イザヤ書29章10節)こう書かれているとおりです。「神は、彼らに鈍い心と見えない目と聞こえない耳を与えられた。今日に至るまで。」(ローマ人への手紙11章8節)

  • はじめに…アドベント(待降節)の時を過ごしていますが本主日アドベント第三主日は「バプテスマのヨハネのキャンドル」です。バプテスマのヨハネは、救い主なるイエス様を世の人々にいち早く証した、福音宣教の先駆者でした。荒野に住み、いなごと野蜜を食べ、粗末な衣服に身を包んで、“声”として働いていました。御使いガブリエルが、神殿で朝夕の香を焚く奉仕をしているザカリヤに「(…)あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい。(…)彼こそ、エリヤの霊と力で主の前ぶれをし、父たちの心を子に向けさせ、逆らう者を義人の心に立ち戻らせ、こうして、整えられた民を主のために用意する」(ルカ福音書1章13-17節)と、その誕生と、その働きについて告知しています。
  • 眠りの霊…衣料品通販大手ZOZOの創業者の前澤友作さんが国際宇宙ステーションからユーチューブで動画を配信していました。「伝えたいことは、頑張っていれば夢は、叶うんだと…本当に感無量です」「自分で頑張って稼いだお金で夢を叶えるというのは全然、僕はいいと思うんです(…)皆さんも夢を諦めずに頑張っていきましょう」と。彼は能力もあり、アグレッシブ(攻撃的・積極的)ですが、何かしらその言動に虚しさ、空回りしている感じがします。今日のテキストでイザヤの語る“眠りの霊”が注がれているからかも知れません。出発前に「宇宙に行って自分がどう変わるか楽しみ」と語っていましたから変えられることを祈ります。しかしこれは前澤さんだけの問題ではありません。私たち自身の問題でもあります。
  • 聖霊…イエス様はバプテスマのヨハネを「女から生まれた者の中でもっともすぐれた者」(マタイ11章11節)と称賛しています。ヨハネとて人の子。すぐれた人間であっても神の子ではありません。エリヤの霊と力を持っていても聖霊ではありません。聖霊と火のバプテスマを授けられるイエス様のみが私たちに永遠のいのちをお与えになります。私たちを肉の人から霊の人へ、御霊に満ちた新しい人に創造される方です。眠りの霊から解放してくださいます。イエス様との永遠の交わり(御国)の中へ入れてくださいます。
  • 結び…父なる神の一方的な恵みによって私たちを永遠のいのちに生きる者としてくださる主の愛を覚えつつ、待降節を過ごせる幸いを感謝します。
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