Posted on 10/16/2016 at 19:42, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『サルデスにある教会(黙示録 その8)』(2016.10.16)

 

勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。そして、わたしは、彼の名をいのちの書から消すようなことは決してしない。わたしは彼の名をわたしの父の御前と御使いたちの前で言い表わす。(ヨハネ黙示録3章5節)

  • はじめに…先週14日(金)の朝、六本木の外壁工事中のビルの10階から鉄パイプが落下し、通行人の男性(77)を直撃し、亡くなられるという痛ましい事故がありました(ルカ13章4節参照)
  • スコット…さて、今日の日没からユダヤ暦ではスコット(仮庵の祭)が始まります(レビ記23章34節参照)。第7月の15日ですから満月(十五夜)です(どうぞ今晩、夜空を見上げて下さい)。
  • サルデス…今日は、七つの教会(すべて現在のトルコにありました)のひとつサルデスの教会(スミルナから東へ約70キロ)から、みことばを聴きたいと願っています。サルデスの名の意味は「遺残者(残れる者)」です。
  • 賞賛のことばがない…スミルナの教会は叱責のことばはありませんでしたが、サルデスの教会には賞賛のことばがありません。「行ないを知っている」「実は死んでいる」(1節)と主は語られています。行ない(奉仕)がどれほど人の前に立派だったとしても、また、どれほど盛んであったとしても、内実が伴っていなかった、ということでしょう。つまり聖霊が内住しておらず、自分の力、義で働いていたのがサルデスの教会の大多数の人々だったのでしょう。人の目には生き生きとした姿に見えたとしても、主の目には死んでいる者に見えていたのです。
  • いのちは内側から輝く…だから主はご自身を“神の七つの御霊、七つの星”を持つ方として表わされました。完全な御霊、栄光の輝きを持つ方としてです。持っておられる方は、同時にそれを与えられる方です。イエス様が、地上生涯最後の仮庵の祭のとき、おっしゃいました。「わたしを信じる者は、心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる」(ヨハネ7章38節)
  • 悔い改め…その福音の原点に帰ることが、すでに信仰の恵みに与かっている者の悔い改めです。人の目や、世俗の事柄や、自分の義ではなく、主イエス様を仰ぎ、主の御声に耳を傾けることです。そうするなら、「いのちの書から名を消すようなことはない」という永遠の保証が与えられます。
  • 結び…仮庵の祭のこのとき、皆さんが福音の原点に立ち返り、内側から輝くよう、祝福して祈ります。
Posted on 10/09/2016 at 19:43, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『テアテラにある教会(黙示録 その7)』(2016.10.9)

 

 

また、テアテラにある教会の御使いに書き送れ。『燃える炎のような目を持ち、その足は光り輝くしんちゅうのような、神の子が言われる。(ヨハネ黙示録2章18節)

  • はじめに…先週の日没から、ユダヤ歴では5777年(伝統的に天地創造から数えて)の新年「ロッシュ・ハシャナー」を迎えました。「天地創造」から数えるということは、つまり、“歴史には秩序と目的がある”ということを心に刻む時が、新年のテーマだということができます。神が王(主権者)であること、神の民として、人は世界に対して責任(課題あるいは意味)があること、そして、審判(悔い改めとあがない)があることを、覚える時です。
  • ヨム・キプール…新年の10日目は「ヨム・キプール」(贖罪の日)として断食し祈って時を過ごします(イザヤ58章6-14節参照)。
  • テアテラ…今日は、七つの教会(すべて現在のトルコにありました)のひとつテアテラの教会から、みことばを聴きたい願っています。テアテラはペルガモから南東に約65キロのところにあった、商業都市でした。羊毛と染料、真鍮製品が特産品として有名でした。このことからも極めて女性の衣服がフッショナブルであったろうと想像できます。テアテラの名の意味は「女の圧制」です。
  • イゼベル…そのテアテラの教会に、イゼベル(純潔)という女性が幅を利かせていたことが記されています。良い影響ではなく、悪影響を及ばしていました。しかも教会は彼女のなすがままに任せていたと。
  • ルデヤ…神を恐れないイゼヘルに対して、テアテラ出身で神を敬うルデヤという女性がいたことを聖書は記しています(使徒の働き16章14節)。紫布の商人だったことから、経済的にも裕福だったことが伺われます。
  • 思いと心を探られる主…主は、燃える目と輝くしんちゅうの足で私たちの内側に近づいて来られ、内面を探られる方です。そのとき、頑なに厚顔無恥を貫くのか、悔い改めて心を開くのか、私たちにその決断がゆだねられています。もちろん主は、後者を望んでおられれます。
  • 結び…主の御前に立つとき、ありのままの自分を差出し、明けの明星に照らされる皆さんであるよう、祝福して祈ります。
Posted on 10/02/2016 at 19:21, by matsumoto

第5回「霊性牧会クリニック」開催のお知らせ

Posted on 10/02/2016 at 19:11, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『スミルナにある教会』(黙示録 その6)』(2016.10.2)

 

 

あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない。見よ。悪魔はあなたがたをためすために、あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。あなたがたは十日の間苦しみを受ける。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。(ヨハネ黙示録2章10節)

 

  • はじめに…今日の日没からユダヤ歴では「新年」を迎えます。ユダヤの伝統に則すれば天地創造から5777年となります。次のヨベルの年(安息と解放の年)に向けて、新たな活動期に入ったといえます。その歩みは平坦なものではないと思います。
  • 新年の希望…しかしその歩みは、確かな希望、新しいエルサレム(神の幕屋)で、イエス様と永遠に住まう希望に向けての歩みです。ユダヤでは、りんごにハチミツをつけて、「シャナー・トヴァー・ウメトゥカー」(良き甘き年でありますように)と祝福します。また、新年の2日間は、「神の王冠」と言われるべき日で、王冠をイメージした丸型のパンを使って聖別の祈り(キドゥーシュ)が行われます。
  • スミルナ…今日は、七つの教会(すべて現在のトルコにありました)のひとつ、スミルナの教会から、みことばを聴きたい願っています。スミルナは現在のイズミールで、人口およそ4百万のトルコ第3の都市として繁栄しています。黙示録の記された当時も主要都市として栄えていましたが、教会は迫害の真っ只中にありました。ゆえに極めて貧しい境遇に置かれていましたが、イエス様はそのことをすべて知っていて下さいました(マタイ5章3、10-11節参照)
  • 没薬…スミルナは「没薬」という意味です。没薬は香料、鎮静剤、防腐剤として用いられました。さらに重要なことは、聖なる注ぎの油として幕屋の器具に塗られ(出エジプト30章23-30節)、幼子イエス様に捧げられ(マタイ2章11節)、葬りに用いられた(ヨハネ19章39-40節)ということです。つまり、主に近づき、礼拝するために用いられたのです。
  • いのちの冠…“いばらの冠”を被られたイエス様(マルコ15章16-23節)が、忠実な者に“いのちの冠”を与えようと、約束して下さっています。
  • 結び…いのちの冠を与えて下さり、聖なる天の都に招いて下さる主イエス様のみことばに忠実に応える皆さんお一人ひとりであるよう、祝福して祈ります。
Posted on 09/25/2016 at 14:59, by matsumoto

主日礼拝メッセージ要約『ベルガモにある教会(黙示録 その5)』(ヨベルの年)(2016.9.25)

 

 

耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。わたしは勝利を得る者に隠れたマナを与える。また、彼に白い石を与える。その石には、それを受ける者のほかはだれも知らない、新しい名が書かれている。(ヨハネ黙示録2章17節)

 

  • はじめに…先週、「終末論の危険性と重要性」というテーマで集会がありましたので、参加してきました。メシアニックジュー(イエスが救い主であると信じるユダヤ人)の講師で、終末論はすでに旧約聖書で語られているということを強調されていました。そのもっともベースになるみことばとして創世記3章15節を最初に取り上げられました。
  • 黙示録の伝える希望…黙示録は希望に向かってのメッセージです。再臨の希望であり、新しいエルサレム(神の幕屋)で、イエス様と永遠に住まう希望です。
  • ペルガモ…みことばの順序からすると今日、取り上げるのはスミルナの教会なのですが、御霊の導きに従って先にペルガモの教会からみことばを学びます。さて、ペルガモの名の意味は「結婚」です。また「羊皮紙(parchment・パーチメント)」はペルガモ(Pergamon)から派生した言葉です。実際、羊皮紙はペルガモで最初に作られたのです。
  • 結婚…結婚には、真実な結婚(一夫一婦)の他にも、様々な形態があります(重婚・同性婚・政略婚)。ペルガモは「国家(ローマ)と結婚した教会」の型と言えます。その結果、教会が異教的な雰囲気に包まれていきました。皇帝礼拝やアスクレピオス崇拝、バラムの教えやニコライ派の教え…。「サタンの王座」と言われる所以です。
  • 羊皮紙…ペルガモには20万巻の蔵書を誇る世界第二の図書館がありました。その多くは羊皮紙によって作られていました。羊皮紙は牛や羊、山羊の皮を剥いで、水に浸し、毛や脂質などを両刃の剣で削ぎ落として作りました。きっと肉は偶像に捧げた後、食べたと思われます。そのペルガモの教会に対して、両刃の剣を持つ方(イエス様)が語られました。「隠れたマナと白い石を与える」
  • 結び…隠れたマナ(キリストの満たし)と白い石(天の宴会の招待状)をしっかりと内なる霊に収めつつ、信仰の道のりを歩まれるよう、祝福して祈ります。
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